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終戦前日に短波放送で日本の敗戦を知った一民間人
花岡 英彌
1
1井上記念病院名誉医院長
pp.1040-1040
発行日 2020年8月1日
Published Date 2020/8/1
DOI https://doi.org/10.15106/j_seikei71_1040
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日本は終戦(1945年8月15日)前日の8月14日にポツダム宣言を受諾し,連合国に対して降伏しました.政府はただちには国民に告知せず,翌日の玉音放送の作製を迫水久常内閣書記官長を中心に行ったそうです.御前会議に出席したメンバーはじめ政府関係者は降伏したことを知っていたはずですが,その日のうちに日本が降伏したことを知った民間人が1人いました.それは私の大叔父,花岡真澄(ますみ)です.大叔父は戦前,片倉製糸紡績株式会社のニューヨーク支店に長年勤務しており(最後は支店長),戦争が始まると第一次日米交換船で帰国してきた人物で,終戦時はたまたま,長野県諏訪市の別宅に戻っていました.私は三井系化学会社が多数ある福岡県大牟田市で焼夷弾爆撃で焼け出され,母方の祖父母の住む上諏訪に疎開していました.
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