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どんな薬?
ビンクリスチン硫酸塩(以下,ビンクリスチン)は,日本で1968年に承認された殺細胞性抗腫瘍薬で,キョウチクトウ科のツルニチニチ草から抽出されたビンカアルカロイドです.ニチニチ草は,古くから民間療法に使用されていましたが,その後の研究でアルカロイド(天然由来の有機化合物の総称)を含有していることがわかり,糖尿病の治療薬を創薬する目的で研究が始まりました.しかし,糖尿病への効果は得られず,毒性(強い骨髄抑制)に注目がいき,抗腫瘍薬として開発されました.同じビンカアルカロイド系抗腫瘍薬にはビンブラスチン,ビンデシン,ビノレルビンがあります.
ビンクリスチンは造血腫瘍や肉腫に対して高い治療効果を示していますが,神経障害などの副作用もあり,確実な投与管理をしなければ,患者のQOLを著しく低下させる危険性があります.過去にビンクリスチンの医療事故の報告があります.薬の取り扱いを誤った過剰投与で,16歳の尊い命を奪ってしまいました.2000年9月に右顎下部腫瘍の治療のため高校2年生の女子が入院し,摘出手術を受けた後,滑膜肉腫と診断されました.滑膜肉腫は予後不良の傾向が強いため,がん薬物療法を受けることになりました.当時の担当医たちは滑膜肉腫を受けもった経験がなく,文献などで調べたVAC療法(ビンクリスチン,アクチノマイシンD,シクロホスファミド)を実施することを決定しました.その治療の中で,ビンクリスチン2 mgを週1回(weekly)12週間投与するところをプロトコールの読み間違いで1週間毎日(daily)連続投与した結果,過剰投与となり多臓器不全で死亡しました.この医療事故から,レジメン登録システムや電子カルテのアラートシステム,医療者間および患者とのダブルチェック,がん薬物療法に精通した医師,看護師,薬剤師の育成などが進みました.私たちは,この事故を風化させることなく,教訓にしながら安全にがん薬物療法を行うということを忘れないようにしなければなりません.
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