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硫化水素(hydrogen sulfide;H2S)は,これまで,第3のガス状メディエーター,つまり,一酸化窒素(NO)と一酸化炭素(CO)に続く新規な活性小分子として注目を浴びてきた.しかし,その生体内生成とシグナル機能制御機構など,その実体についてはいまだ不明である.一方,筆者らは,8-nitro-cGMPなどの親電子物質の代謝に関わる酵素として,偶然,シスタチオニンβ合成酵素(cystathionine β-synthase;CBS)とシスタチオニンγリアーゼ(cystathionine γ-lyase;CSE)を見いだしたが,その制御メカニズムに関する研究に着手した当初より,独自にH2Sの分析方法の構築に取り組んだ .その解析結果から,一般に想定されているH2Sの生体内生成と生理機能に疑問を持つようになった.ガス状メディエーターとしてすでにその生物学的意義が確立しているNOは,1998年にノーベル生理学・医学賞の対象となった無機ラジカルであるが,NOがニトロキシル(NO-)やニトロソ(NO+)イオンに解離してシグナル機能を発揮するという大論争の末,結局はガス状分子という証明がなされ,ガスシグナル伝達という大きな理論が構築された.H2Sは,NOとはまったく異なり,生理的pHでは,主としてイオンとして存在していること,また,本特集で解説されているように,生体内ではH2S自身はシグナル分子の本体ではなく,パースルフィドなどの活性イオウ分子種(reactive sulfur species;RSS)が,生理活性分子の実体であるという点など,シグナル分子であるNOの研究とは異なる点が多い.それどころか,CSEやCBSの真の酵素反応産物は,H2Sではなく,L-システイン(Cys)のチオール(SH)基に過剰にイオウ分子が付加したシステインパースルフィド(Cys-S-SH)など,チオール基のpKaが顕著に低下し,主として,求核性において反応性が高まったRSSであることがわかってきた .さらに,このパースルフィド関連物質は,これまで知られていなかったユニークな化学的特性を有しており,生体内で強力な抗酸化,レドックスシグナル制御活性を発揮している.その活性は,酸化ストレス・低酸素応答,細胞分化増殖・細胞死シグナル制御,小胞体ストレス制御,酸化還元酵素反応やエネルギー代謝など,生体内で多彩な生理機能を担っている.これまで長い間囁かれてきた生体内のH2S生成は,質的にも量的にも盛りだくさんのRSSの代謝系から,かすかに零れ出る氷山の一角にすぎない.すなわち,H2Sは,RSSの生体内生成のマーカー分子として認識されている.
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