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はじめに
標準的な精神科診療においては,患者が現在就業中の場合,その職業が精神症状に影響 を与えるか,逆に精神症状によって職業上の作業効率に影響を及ぼすことは常に想定する ことである.よって,ほとんどの精神科医療機関の初診問診票には,現在の職業・あるい は職歴について記入する欄が設けられており,診察以前から職業について「訊いている」 といえる.それでも,問診票の職業欄が空白だったり,企業名や「団体職員」と,ポツン と書かれているのみで,詳細がわかりかねるときは,診察でたずねることになるのだが, 筆者の場合,直接本人にたずねる前に,診療録の年齢・性別・氏名・住所を踏まえ,患者 が診察室に入ってきたときの一瞥で,職業を推量するように試みている.『シャーロック・ ホームズの冒険』の「花婿の正体」では,依頼人が探偵事務所に入ってくる時の仕草と性 別・年代から,依頼人が何か話す前に,恋愛問題の相談で,職業はタイピストで最近眼精 疲労が辛いと感じていることを見事言い当て,依頼人が驚く場面がある1).こういった名 探偵のエピソードは,熟練の神経内科医の診察がモデルになっていると聞き2),筆者なり の精神科の視診のトレーニングのつもりで,初診ごとに推理に挑んでいた. 来訪者を一瞥の先入観で判断するのは禁物である.一方で,一から十まですべて訊いて みないとわからないというのは,精神科医としていかがなものかという思いもあり,言葉 だけでなく見る目を鍛えていた.本稿は主に精神科初診診療における「働く人の診かた聞 き方」の一例を紹介する.仕事など社会背景と症状との関連をやや偏重した記載であるこ とを踏まえてお読みいただきたい.
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