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Ⅰ.背景:用の美という文脈
『誰のためのデザイン?』(ノーマン,1990/2015)という著書が,デザインに関わる数多くの人々の認識を新たにした.書いたのは,著名なデザイナーではなく,ノーマン・ドナルドという認知科学者である.取り上げられているデザインは,高級ブランドの貴重品ではなく,われわれの身の回りのもの,いわゆる「生活用品」や「道具」の類である.内容は,ユーザーフレンドリーであることが重要だと説く,「ものづくり」に関わる者とっては,あたりまえすぎるくらいの教えである.そもそも,デザインという概念が「ものづくり」の文脈において浸透したのは,工業製品の普及と連動している.つまり産業革命を起点とした工業化の流れに即している.19世紀の終わりから20世紀初頭にかけて,「Form follows function」(Louis Sullivan)という機能主義の考え方を端的に示すフレーズが,あたかも方針として生産性や効率化を指標とした発展に伴い,デザインの目的が「人間離れ」していったことは否めない.実際のところ,20世紀のデザインの流行では,機能による形状決定が厳密に行われたわけではなく,機能的な雰囲気を与えるイメージや,力強さやスピード感といった現代的な印象を与える製品の形状が人々に「好まれた」こともある.欧米を中心に,古い時代の制度を破り,市民社会という新しい時代への移行が進み,機能主義の時代が大量生産・大量消費という社会構造に適した都市の生活環境に合ったデザインが急速に進んでいった.
一方で,「人間工学」という考え方が,デザイン教育において急速に普及した.安全で使いやすいことが人工物の目標であるという,ものづくりの原点を知識化した考え方である.それ以前から,人間が古来よりものづくりにおいていかに巧みな技を有していたかという証拠を世界中の博物館でみることができる.日本においても,縄文時代の土器や弥生時代の道具が現代からみても高い造形水準にあることを疑う者はいないだろう.日本の風土に根差した文化とそれを背景とした建築や造形(工芸や意匠)が,飛鳥・奈良・平安・鎌倉・室町・安土桃山・江戸・明治以降まで,脈々と継がれてきたこと,さらには「用の美」という衣食住の生活文化が非常に高度な技(手仕事)と美意識により生み出されてきたことを,日本における美の考え方として主張すべきであることは「民藝運動」が示すとおりである.これを踏まえれば,仮に近代化とともに流入してきた工業的な生産方法が席巻したとしても,「使い手」や「暮らし」を意識したものづくりの根底が完全に崩れ去ることはなかったと推測できる.したがって,冒頭で示した「ユーザビリティ」や「ユーザーフレンドリー」という概念は,決して新規なものではなく,いつの時代も工芸やデザインの底流にあったと説明することができる.
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