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1.はじめに
バクテリアから植物,ヒトに至るまで,地球上の多くの生物には,体内時計と呼ばれる内在性のリズム発振メカニズムが存在し,地球の自転周期である24時間にほぼ等しい周期のリズム(概日リズムまたはサーカディアンリズムとも呼ばれる)を刻んでいる.ヒトでは,睡眠・覚醒リズムや活動リズムのみならず,深部体温や血圧,心拍数,ホルモン分泌,糖・脂質代謝や薬物代謝,免疫機能に至るまで,多くの生理機能に日内リズムが観察され,さらには様々な疾患の発症や症状にも日内リズムが存在する(図1).現在では,いくつかの医薬品の添付文書などに服薬時刻が明示されるようになってきており,薬の効果や副作用に着目した時間薬理学という研究分野が注目されてきた(大戸,2007).一部の高血圧患者や気管支喘息患者に対しては,症状が悪化する時間帯に薬物の血中濃度が最も高くなるような薬剤が開発されており,投薬時刻との組み合わせにより,時間治療が実践されている.特に抗がん剤については,がん細胞の感受性や正常細胞に対する毒性(副作用)が投与時刻によって異なることから,時間治療を行うことによって治療成績が大きく向上することが報告されている.
哺乳類の体内時計の中枢は,脳内視床下部の視交叉上核(suprachiasmatic nucleus, SCN)に存在し,10〜20種類程度の時計遺伝子による転写・翻訳を介したネガティブフィードバックループモデルによって説明されている(Weaver, 1998).時計遺伝子は,体内時計の中枢であるSCNのみならず,心臓や肝臓,腎臓,脂肪,皮膚,免疫細胞などの全身においてリズミックに発現(日周発現)しており,SCNに存在する中枢時計に対して,末梢時計の存在が明らかとなってきた.時計遺伝子の日周発現は,培養細胞においても再現することが可能であり,個々の細胞に概日リズムを刻むための仕組みが備わっているものと考えられる.哺乳類における体内時計には階層構造が存在し,中枢時計は,神経的な情報とともにインスリンやグルココルチコイドなどの液性因子を介して末梢時計を同調させている.中枢時計が,睡眠や行動レベルの日内リズムを制御する一方で,末梢時計は,それぞれの臓器特異的な様々な生理機能の日内リズムを制御している可能性が考えられている.
最近では,体内時計と食の関係に着目した「時間栄養学」と呼ばれる研究分野が注目されるようになった(図2).体内時計は,栄養素の消化・吸収・代謝などの日内リズムを制御しており,摂取するタイミングによって食品の栄養価や機能性が異なってくる可能性が考えられる.また,後述するように,アミノ酸やポリフェノール,乳酸菌などの食品成分の中には,睡眠や体内時計に影響を与えるものが存在し,食品の機能性によって睡眠や生体リズムを制御することも可能であると考えられる.我々は,睡眠障害や生活リズムの乱れに伴う疾患発症メカニズムの解明とともに,食を中心とした生体リズムの積極的な制御を目指した研究を行っている.
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