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はじめに
糖尿病療養指導をしていて,受け入れがよい人ばかりだと,療養指導は楽しく充実感があり,もっとよい指導をするためにと学習意欲も高まる.しかし,糖尿病者の療養指導に携わっていると,手ごたえがまったく感じられなかったり,なんとなく抵抗感を感じる人に出会うことがある.ときには直接不満や怒りをぶつけられることもあろう.そのときに療養指導者としてどんな気持ちになるか.そして,そのときにどう対応しているか.「ねばならぬ」という義務感だけだと,バーンアウトしてしまいかねない.患者にとってもOKで,療養指導者である自分にとってもOKな方法を知りたいと誰でもが考えている.
第3回日本糖尿病教育・看護学会で基調講演をしていただいた現文化庁長官の河合隼雄氏は,「人の心ほどわからないものはないと知ることが人間理解の始まり」と述べ,さらに「ほんの少し変えることは全部を変えるくらい大変なことという認識をもつことが大切」と,行動変化を促すという仕事の困難さについて述べられた.カウンセリングの場合には,情報を与えないで,理解していくことでその人が変わっていくのを援助するが,糖尿病患者教育の場合には,情報を与えながらその人が変わっていくのを援助するという仕事だと話され,それは非常に難しい仕事なのだと指摘された(河合, 1999).
専門家としては,相手の病気の状況を客観的に判断して,どうすることが病気の回復のためには一番よいかという的確な知識・技術をもっていることが必須である.傾聴だけでは決してよいパートナーシップは築けない.話をよく聴きながら,必要な情報をどのタイミングでいかに伝えるかを,その時その場で判断していかなければならないのである.
これまで米国を中心に,そうした学習支援型の患者教育の方法論が提唱され,日本にも紹介されてきた(ADA, 1996/1997).私はこれまでの研究者としての歩みのなかで,自己効力理論,エンパワメントモデル,セルフマネジメントといった理論や考え方に注目し,日本人に合った患者教育の方法論について模索してきた(安酸, 1997; 安酸・住吉・三上他, 1998; 安酸・大池・東他, 2003; 安酸, 2003; 安酸, 2005a; 安酸, 2005b).
自己主張を言葉ではっきり言う患者の多い欧米と違い,日本人の多くは本音と建前を使い分け,言葉で自己主張しない患者が多い.欧米で開発された理論をそのまま持ち込んでもうまくいかない.患者だけでなく療養指導者自身も「言葉の文化」のなかで育っていないので,必要だと思う情報を上手に言葉で相手に伝えることが得意でない人が多い.患者を知ると同時に自分の傾向を知り,われわれ日本人に合った方法にアレンジして適用していく知恵が求められている.
講演ではセルフマネジメントの考え方を紹介し,療養指導者と患者のパートナーシップのあり方について,モデルを示して概説する.次に,エンパワメントアプローチを中心に具体的なかかわりの実際について提唱する.最後に,患者とのパートナーシップの関係形成を個から連携へと発展させ,糖尿病教育の輪を拡大していく戦略について述べる.
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