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1992年から8年間,中華人民共和国(以下,中国)で頸椎後縦靭帯骨化症(OPLL)の疫学調査を行ってきた.当時の厚生省特定疾患 骨・関節系疾患調査研究班 脊柱靭帯骨化症分科会の研究の一環として,東北部の長春,内モンゴルの赤峰,ウランホット,北京周辺,南部の海南島,昆明,高州,西方のウルムチなどを訪問して,モンゴル族,漢民族,回族,白族(大理),黎族などの一般住民の頸椎X線写真を調査するものであった.結論からいうと,中国全体のOPLL発生率は日本とほぼ同様で,中国国内ではモンゴル族に多く,地域性では東北地方に多く,南方では少ない傾向であった.疾患だけみても日本のルーツは中国北方かと考えたりもした.訪問地では,病院の入院患者の診察や相談を受けてきたが,日本だったらこうすると話すと,確かにそのような設備や医療機器などあればそうしたいがという返事を何度も聞かされた.返境の地では下腿骨折は皆,鋼線牽引という所もあった.ギプスや内固定術などしようものなら,医療費も払わず知らぬ間に逃げてしまうとのことであった.そこには,医療費や保険など経済的な状況にある社会保障の問題が垣間見えた.一方,当時の北京ではどうか,働き頭が手術を受けるために金を集めて上京(北京)して,万が一結果がうまく行かないと親戚一同が主治医を追いかけ回して,主治医は夜逃げせざるを得ないということがしばしばみられたとのことであった.地方では患者が逃げる,一方都会では医者が逃げるという,日本では考えられない現象であった.新疆ウイグル自治区の中心ウルムチで,上位胸髄腫瘍のため歩行不能の若い女性がいて,滞在中に手術を頼まれたことがあった.手術の最中,病院への送電線がある電柱にトラックが衝突して突然停電,職員,家族が市内の懐中電燈を買い集め研修医が無影灯の代わりに上から照らして行ったことがあった.天井から人が落ちてくるのではないかとひやひやした.原因疾患はくも膜囊腫で,側方を広く椎弓切除を要した.胸椎内固定器具などなく,最終的にはノミで自家骨移植の後方固定術を行った.ウルムチの助教授に最後の骨移植をお願いしたが,短時間のうちに骨皮質を薄く削ぐ見事なノミさばきであった.物がなくとも治療としての最低限の手術の腕には熟練さを感じた.内モンゴルでは,脊椎外傷にキュンチャー釘をワイヤーでsublaminar wiringをしている例をみせていただいたことがあった.Luque-SSIのLuque rodの代わりの物がないゆえの手術であった.広東省の例では,前腕用のプレートを腰椎前方椎体固定に使用したり,椎体形成の骨セメントが急性期に何椎体も行われていたりと,本邦では考えられない例をたくさんみてきた.
どうしてこのような例がと思われるかもしれないが,前者は物がないゆえの知恵入りの例,後者は物があっても知識判断力の持ち合わせがない例である.
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