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私は考古学者ですから、大切な作業と言えば、発掘作業です。発掘作業というのは、スコップやくわで土を掘り起して、遺物を探り当てることだと、多くの人は思っていることでしょう。もちろん一連の作業の中には掘る作業が含まれるというのは当たり前のことですが、実は、全体の10パーセントも占めていません。
掘るだけでしたら子供時代のお砂場遊びと同じで、楽しくて終るのがとても悲しいものです。ところが、考古学では掘るための準備、掘った後の整理、そして出た遺物の研究、報告書の作成、そのうえ、それを題材にした発表会やシンポジウム、論文を書くなど、掘ることに付随したさまざまな業務があります。掘る労力や時間の何倍、いや何十倍とかかります。しかし、これは掘ることができればの話です。今の日本の考古学者は、行政発掘と言いまして、道路を造るとか、工場を建てるとか、学校のグラウンドを造るとか、公共の建物を造るために、地下の遺跡を破壊する前に記録に残し、その確認をする発掘がほとんどです。歴史的に問題がないとなれば、工事を進めていいのです。よって利益を得る人が資金を出してくれます。しかも調査員は日当までいただけるのです。ところが私のように誰にも頼まれないのに好きで掘っている考古学者は、この資金をどこからか調達しなければならないのです。そのため、テレビに出て名を売って、企業や個人から寄付をもらわなければならないのです。これはとてもしんどいことですが、好きでやっているのですからいいのです。しかし、資金づくりの知恵とアイデアが必要となります。要するに零細企業の社長のようにしなければならないのです。ですから、発掘作業は楽しむというより、感謝の気持ちでやらなければならないのです。しかも出土品は売れませんから、使ったお金はとり戻せないのです。発掘の楽しみは、ここから何が出て、どう歴史とつながったとか、このお墓をつくった人は、どんな思いで死んだのかなど、妄想に近い想いがこみ上げてくるのです。よって、私の大切な作業は妄想なんです。
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