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はじめに
馬と障害児・者が関わることで心身機能によい効果をもたらすということを知ってから,筆者自身も馬と単独に関わる時間が随分と増えた.現在日本で馬といえば競馬であり,サラブレッドを連想することは容易である.また馬の操作に関しては,かかとで馬の腹を蹴ることで馬が動きはじめ,手綱を引くことで停止,左右への方向転換が可能であることと理解していると思う.筆者も馬と関わる以前はそのように考えていた.ところが馬と関わりはじめてから,この考えは間違いではないが,決してこれが操作のすべてではなく,ほんの一部でしかないことに気づくことができた.
数年前に「乗馬療法とその効果」をテーマに米国からOTのLois Hickman氏を招待し講演会と実演を行った.Hickman氏は自宅で開業し動物を介在した作業療法を展開している.また乗馬療法の施設でもセラピストとして活動している.
演題は「乗馬療法とその効果」でお願いしていたが,Hickman氏の講演は具体的な乗馬療法の方法や効果にはなかなかふれることなく,米国における馬の存在の意味やどのように人が馬と関わってきたのか等を歴史的な流れとともに話した.筆者も含めて聴講していた人は,「いつになったら,どのような障害に対してどのように馬を使うのか,その方法や,効果についての話が始まるのだろう」と心の中で思っていたに違いない.最終的には具体的な話にはほとんどふれることなく講演は終わった.
現在この講演会から数年が経過したが,そのときのHickman氏の思いが最近になって少しばかり理解できたような気がしている.
動物介在療法はいろいろな動物の力を借りて実施されるが,他の動物と馬が大きく違うところは,身近な動物の中で唯一乗ることができる動物であるというところである.乗馬療法は主に馬に乗ることで得られる身体の動きを療法に用いることである.しかし,もしそれだけであれば,馬の動きを再現した健康器具が馬に代わって普及し,馬を使う必要はなくなっていたはずである.しかし,実際に馬の力を借りながら行う障害児・者対象の乗馬活動は盛んになっている.馬に乗ることは,実はもっと大きな意味がそこに存在する.それは馬とその馬に乗っている人との精神的なつながりである.実際の乗馬療法の場面では,障害児・者が単独で馬に乗ることはないので,インストラクターやリーダー等が馬との精神的なつながりに大きく影響していることもある.それでも最終的には馬と騎乗している人との関係である.
手綱を引くことで,馬はそれを合図と理解し,馬の意思のもとに動いているのである.たとえば手綱を右に引いたときに馬は右側以外の方向に動けないのかというと,決してそうではないということである.事実,馬は手綱を右に引かれて首を右に向けながらでも左側に進むこともできる.騎乗している人がかかとで馬の腹を蹴る合図をしても動かないでいられる.馬が嫌がれば,上に乗っている人を振り落とすことは,馬にしてみれば容易なことである.しかし馬がそれをしないのは,馬の意思がそこに存在しているからに他ならない.馬と人との精神的なつながりは,馬の力を借りて障害児・者の心身機能に働きかけようとする乗馬療法を行ううえで最も重要なことであると筆者は考えている.Hickman氏は講演の中で,そのことを日本でこれから乗馬療法を進めていこうとしている人たちに少しでも理解してほしいという思いのもとに話していたのではないかと思える.
馬に乗ることでその動きが身体機能によい効果をもたらすこととともに,馬との精神的なつながりが存在することで精神機能によい効果をもたらすということも忘れてはならないのである.この精神的なつながりがあるからこそ,世界の至る所で乗馬療法が実施され続けている.いわゆる馬の動きを再現した機械と生きている馬の力を借りる乗馬療法では,大きな違いがそこに存在することが理解できるであろう.
かくいう筆者も,馬との関わりはまだ入り口に立ったばかりであり,乗馬療法はそれほど奥深いということである.
OTが行う乗馬活動が療法として成立するために必要な条件を,対象児・者の騎乗前の評価の必要性,乗馬活動に使用する馬の分析,騎乗以外の乗馬活動の治療的意味に分類して,あらためて考えてみたい.
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