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分娩時の出血に備える進化的な適応として,妊娠女性の凝固系は過凝固に傾いている。そのため妊娠・産褥期において,恒常性を損ねる何らかのきっかけがあれば,微小血栓形成から消費性凝固障害へと播種性血管内凝固(DIC)の坂道を転がり落ちていく。
分娩後の過多出血postpartum hemorrhage(PPH)は最も頻度が高く,妊婦がICUに入室する主たる原因となるとともに,先進国および途上国での母体死亡の最多の原因である。PPHにより凝固因子が低下したところへ凝固因子を含まない大量輸液を行えば,希釈性凝固障害となる。この点は大きな問題のため,日本をはじめ欧米各国はPPHに対するガイドラインを策定している。
加えて,必ずしも出血量に依存しない血液凝固障害を生じる産科特有の疾患が存在する。常位胎盤早期剝離,羊水塞栓症,HELLP*1症候群,急性妊娠性脂肪肝といった疾患は,それぞれ異なる病態で凝固障害を起こす。また,血友病などの先天性の凝固因子欠乏症が併存すれば,PPHの危険因子であるため分娩期には特別な管理を要する。
全妊娠期間を通じて,静脈血栓塞栓症(VTE)の頻度は上昇するにもかかわらず,妊娠・産褥期の深部静脈血栓症(DVT)診断に関する質の高いエビデンスはない1)。肺血栓塞栓症(PTE)を疑うにしても,妊娠中の生理的な呼吸苦の頻度は高く,さらにDダイマーは生理的に上昇していることが多く,除外診断に使用できない。また,確定診断のためのCT pulmonary angiography(CTPA)による画像精査には胎児被曝の問題がある。
VTEの基礎疾患として先天性の凝固抑制因子欠乏症(血栓素因)は重要であるが,疾患頻度に人種差を認めるため,欧米の文献を読み解く際には注意が必要である。後天性の血栓素因としては,ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)や抗リン脂質抗体症候群が重要である。
本稿では,妊婦・褥婦が凝固障害を起こし,集中治療を要する状態となった際に,凝固障害の原因となる背景疾患とその対応についての内外のエビデンスを示し,日本の産科領域で使用されているガイドライン・診断基準の吟味を含めて,集中治療医が一読すれば概観できることを目的として記述した。
Summary
●妊娠により凝固因子は生理的に上昇し,分娩後にはもとに戻る。凝固因子欠乏症(出血素因)や凝固抑制因子欠乏症(血栓素因)をもつ女性が妊娠した場合には,この変化に注意した管理を行う。
●妊娠中にLEFtルールで深部静脈血栓症が疑わしければ,圧迫法による下肢静脈エコー検査を行う。
●妊娠産褥期に突発発症のバイタルサインの変化を伴う呼吸苦と胸痛があれば,SpO2の低下がなくとも肺血栓塞栓症を疑って系統的な精査を行う。必要であれば肺血管造影CTの施行を躊躇しない。
●血行動態が不安定な肺血栓塞栓症に対する血栓溶解療法は,妊娠中であっても施行してよい。
●凝固障害を引き起こす産科特有の疾患として「常位胎盤早期剝離」「羊水塞栓症」「HELLP症候群」「急性妊娠性脂肪肝」があり,治療には病態の理解が必要である。
●分娩後の過多出血(PPH)に対して輸血療法を行う場合には外傷領域と同様に希釈性凝固障害に注意する。特に妊婦のフィブリノゲンは上昇しているのが正常であり,成人の基準値範囲であることは低下を意味する。
●PPHに対するMTPの有効性は今後の検討課題である。
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