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症例提示
73歳の男性。身長163cm,体重68.9kg(BMI 25.9)。病識は乏しいが数年におよぶ間質性肺炎の加療歴があり,咳嗽をよく認めていた。
既往歴:間質性肺炎,2型糖尿病,脂質異常症,甲状腺機能低下症
現病歴:屋根の修理中に誤って3mの高さから墜落して受傷し,当院ラピッドレスポンスカーにより搬送された。左上腕骨遠位端開放骨折,骨盤粉砕骨折(左腸骨骨折,左寛骨臼骨折,両恥坐骨骨折),左第4,第5肋骨骨折と診断された(図1)。出血性ショックに対して経カテーテル動脈塞栓術transcatheter arterial embolization(TAE)を行った後,入院となった。第10病日に前方からの寛骨臼プレート固定術,第17病日に後方からの寛骨臼プレート固定術,第24病日に上腕骨に対する関節内骨接合術が予定された。
当院には呼吸器内科・呼吸器外科ともになく,非常勤の呼吸器外科医が,かかりつけの呼吸器内科に抗線維化薬の内服薬継続の必要性について問い合わせたところ,「現在の呼吸状態は安定しているが,内服薬の中止は間質性肺炎増悪のリスクが高いため,内服を継続してください」という返答であった。第8病日にD-dimerが上昇したため造影CTを行ったところ,左肺動脈末梢枝に無症候性肺血栓塞栓症が指摘された。同時に胸部CTで背側の間質性肺炎像を指摘された(図2)。下肢静脈エコーでは残存する深部静脈血栓はなかったものの,術後早期にエノキサパリンナトリウム皮下注による抗凝固療法(二次予防)が予定された。
内服薬(1日量):アスピリン100mg,イルベサルタン100mg(以上,入院後より休薬中),ニンテダニブエタンスルホン酸塩200mg(抗線維化薬),グリメピリド3mg,エンパグリフロジン25mg,リナグリプチン5mg,レボチロキシンナトリウム50μg,プラバスタチンナトリウム10mg
喫煙歴:なし
アレルギー:なし
呼吸機能検査(前医のデータ):%肺活量109.1%,1秒量2.98L,1秒率81.87%
血液検査(術前日):白血球数(WBC)21600/μL,ヘモグロビン(Hb)9.3g/dL,ヘマトクリット(Ht)26.6%,血小板数(Plt)36.8万/μL,プロトロンビン時間国際標準化比(PT-INR)1.17,活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)29.1秒,フィブリノゲン(Fib)217.2mg/dL,アルブミン(Alb)2.8g/dL,HbA1c 7.6%,シアル化糖鎖抗原(KL-6)202.0U/mL
心電図検査:心拍数78bpm,洞調律
心エコー:左室駆出率68%,大動脈弁逆流(AR)/僧帽弁逆流(MR)trivial,肺高血圧症(PH)mild〔三尖弁圧較差(TRPG)36mmHg〕
胸部CT:読影所見は外傷所見にしか触れられていないが,下肺野優位に間質性変化あり
その後の対応:手術を申し込んできた若い整形外科医は「間質性肺炎に全身麻酔ってあんまりよくないんでしたっけ」と,無邪気に聞いてくる。以前,筆者が所属していた救命救急センターでは,少量の気胸がある患者の四肢手術に際して,神経ブロックを駆使することで陽圧換気を避けることに喜びを感じていたが,骨盤の手術となると別物だ。骨盤手術の中でも特にプレート固定術は手術時間が長く(本症例の申し込み時間は6時間),出血量も多い。同僚の麻酔科医は全身麻酔を行い,陽圧換気の時間を短くするよう注力するだけで十分だ,と言っている。筆者は直前にあった学術集会で周術期の間質性肺炎増悪に関する発表を見たばかりなので,非呼吸器外科手術とはいえ,肺に対して長期的な影響を限りなく低減する方法を模索したいと考えている。最近,持続腰神経叢ブロックにも慣れてきたところだが,それだけでカバーできるかどうか。でも,この症例だけは自分で麻酔を担当したいと麻酔責任者に頼み,了解を得た。
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