連載 当世 問はずがたり
邯鄲の枕,胡蝶の夢
石黒 達昌
pp.727
発行日 2014年7月1日
Published Date 2014/7/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.3101102183
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ああそうだったのか……深夜,テレビの前で一人,そう呟いた私の視線の先にあったのは,老境にあったアルパチーノの『セント・オブ・ウーマン』でした。もう幾度となく観ているこの映画を,暑さで寝つけないなか,本当に久しぶりに眺めていて,今さらながらに気づいたことがあったのです。物語の中盤,既に現実に絶望していた盲人の退役軍人,アルパチーノが,恋人に待ちぼうけを食わされていた若い女性と,ラウンジでタンゴを踊るシーンでした。タイトルにある「女の香り」は,アルパチーノが彼女を探り当てた匂いです。 私がその場面で感じていたのは不思議な既視感でした。5分ほど沈思して,答えがわかりました。藤沢周の芥川賞受賞作『ブエノスアイレス午前零時』です。都会から田舎の温泉宿へ現実逃避してきた若い男性が,過去の思い出の中だけに生きようとする老女をフロアに連れ出してタンゴを踊るシーンは,男女の設定が異なるだけで,『セント』とまったく同じだったのです。なぜ,今まで気づかなかったのだろう……と,むしろそのほうが今となっては不思議です。
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