巻頭言
分子生理学の今後の問題
殿村 雄治
1
1大阪大学理学部生物学科専攻分子生理学
pp.211
発行日 1963年10月15日
Published Date 1963/10/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.2425906288
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生命現象を生体を構成している分子および分子間の作用の性質に基いて理解しようとする分子生物学の諸部門のうちで分子遺伝学と分子生理学は最も大切なものと言えましよう。そして分子生理学の問題のなかで,特に多くの研究者の興味を引いているのが生体のエネルギー変換の機作であります。生体は驚く程多種多様のエネルギー変換を能率よく行つております。光合成では光を化学的エネルギーへ,筋収縮では化学的エネルギーを機械的エネルギーへ,能動的輸送では化学的エネルギーを電気化学的エネルギーへ,酸化的燐酸化では化学的エネルギーを他種の化学的エネルギーへ変換しております。このようなエネルギー変換の多種多様さは分子遺伝学が分子レベルでの機作の解明を目指している"DNAがRNAをつくりRNAが蛋白質をつくる"生物に共通の一定の過程と著しい対照をなしております。エネルギー変換に見られる多様さは分子生理学者の心を悩まし分子遺伝学者を羨ましがらせ,生理学の発展をおくらせている一つの大きい理由でもあります。
しかし生体のエネルギー変換の中に隠された共通の分子レベルでの機構があり,その多様性は単に一般的機作のvariationに過ぎないと考えてもよさそうに思えます。即ち生物進化の過程において生体が多種のエネルギー変換能力を各々独立な反応系として獲得したのではなく,既に有する反応系のvariationとして手に入れたと考える方が自然だと思えます。
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