- フリーアクセス
- 文献概要
- 1ページ目
DNA修復の研究の歴史を振り返ってみると,放射線の生体への影響を筆頭として,DNA損傷が生体にどのような影響を与えるかを見いだすことに,20世紀では多くの時間が費やされてきた。すなわち,ヒトにおいては疫学研究を代表として,多様な生物における個体レベルでの表現型に関する記述的研究によって,DNA損傷の生物学的意義が次々と明らかにされてきたことになる。このような流れは,1970年代から大きく発展した分子生物学の恩恵を受けることによって,分子メカニズムの理解が飛躍的な進歩を遂げるようになり,2015年のノーベル化学賞の授賞の対象となったことからも明らかなように,生物学・医学における1つの確固たる分野として,DNA修復が広く認識されるようになった。その後,臨床医学においては,DNA修復機構を標的としたPARP阻害剤が,がん治療において用いられると共に,その適応条件となる相同組換え欠損を示す遺伝子検査が広く行われるようになり,今や医療現場でもDNA修復の用語が飛び交う時代となったのである。
このように,DNA修復研究は着実に発展を遂げている一方,医療現場や一般社会から頻繁に聞こえてくることは,DNA修復は難しいということである。それは,生命科学に直接関わらない方からのご意見であるのみならず,生命科学に関わっている研究者も同様の印象を持たれることが多いように思われるが,その理由は何であろうか。私見ではあるが,物理的あるいは化学的に多様な原因によって生じるDNA損傷を出発点として,途中の生化学的反応が入り組んで進行し,最後の到達点として生命現象の変化が起こるという一連の過程の複雑性に起因しているのではと思われる。
Copyright © 2022, THE ICHIRO KANEHARA FOUNDATION. All rights reserved.