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ショウジョウバエのHippo,Warts,Salvador,Mats,Yorkieの変異体はいずれも細胞の異常な増殖を示す。HippoとWartsは蛋白質リン酸化酵素で,前者は後者をリン酸化し活性化する。SalvadorとMatsは両者をつなぐアダプターとして働く。この四分子から成る蛋白質リン酸化酵素カセットがHippoシグナルと命名された。Wartsは,転写因子Scallopedと共役して細胞増殖,細胞死に関連する遺伝子の転写を制御するYorkieをリン酸化する。リン酸化されたYorkieは細胞質にトラップされ蛋白質分解される(図)。Hippoシグナルの上流因子としては,平面内細胞極性や頂端側底極性にかかわる細胞接着分子,細胞膜裏打ち蛋白質が同定されている1)。ショウジョウバエのHippoシグナル構成因子は哺乳動物でも保存されているが,Hippoにmammalian Ste20-like kinase(MST)1/2,Wartsにlarge tumor suppressor kinase(LATS1/2),YorkieにYes-associated protein(YAP)1とWW domain containing transcription regulator 1(WWTR1)(TAZという呼び名のほうが一般的であるが,TAZという遺伝子認証番号は心筋,骨格筋に発現するtaffazinに対応するので注意されたい),ScallopedにTEA domain family member(TEAD)1-4と複数のアイソフォームが対応する。Hippoシグナルは,細胞密度が高まり細胞接着が成熟するときや,細胞に種々のストレスがかかると活性化する。Hippoシグナルが働かないと接触抑制が起こらずチェックポイントが働かない。ヒトがんではHippoシグナルの不全によるYAP1,TAZの活性上昇がしばしば認められる。YAP1,TAZの遺伝子増幅もみられる。YAP1,TAZの活性が亢進すると,がん細胞は上皮間葉転移を示し薬剤抵抗性を獲得し悪性化する。そこでYAP1,TAZの抑制剤はがん治療に有効と期待されている。YAP1の活性は心筋梗塞後の心筋損傷を抑え,腸管,皮膚,肝臓の再生に必須であり,神経幹細胞の維持にも重要である。TAZは,間葉組織幹細胞の骨・筋細胞への分化を促進し,脂肪細胞分化を抑制する。YAP1,TAZの活性化はiPS化の効率を上げる可能性もある。したがって再生医学的にはYAP1,TAZの活性を高めることが有利かもしれない。なお,例外的に多発性骨髄腫ではYAP1が腫瘍抑制的に働く可能性が示されている。
Hippoを代表者として命名されたHippoシグナルだが,研究の進展に伴いYAP1とTAZの重みが増し,HippoホモログMST1/2によらないYAP1,TAZの制御がHippoシグナル研究の主要なテーマになっている。YAP1とTAZは機械刺激のセンサーとして働き,細胞の伸展で活性化するが,この機構にMST1/2は関与しない2)。G蛋白質共役受容体もMST1/2を介さずにYAP1,TAZの活性を制御する3,4)。YAP1,TAZの担う細胞生物学的機能も広がりを見せている。YAP1はmicroRNA生合成,細胞老化,オートファジーに関係する。YAP1やTAZは蛋白質レベルでWntシグナルにかかわる分子やp53と関係が深いASPP1/2の制御に関係する。グルカゴン受容体やエピネフリン受容体によりYAP1,TAZが抑制され,細胞伸展でYAP1,TAZが活性化されることは,血糖値や交感神経刺激,筋運動でもYAP1,TAZの活性が変化することを示唆する。Hippoシグナルの生理機能について今後,新しい展開が予測される。本稿では,哺乳動物のHippoシグナル研究にかかわる操作について述べる。
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