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哺乳類におけるがん発生は,正常細胞内の複数のがん遺伝子やがん抑制遺伝子に変異が蓄積することによって起こることが知られている。発がんの初期段階において,最初の変異は殆どの場合,正常上皮細胞層の一つの細胞に起こる。しかし,その際に正常上皮細胞と新たに生じた変異細胞の境界でどのような現象が起こるのかについては殆どわかっておらず,がん研究のブラックボックスとなってきた。ところが,正常上皮細胞と変異細胞の間で生じる相互作用によって様々な現象が誘起されることが,最近の研究で明らかになってきた。例えばRas変異細胞やSrc変異細胞が正常上皮細胞に囲まれると,変異細胞内の複数のシグナル伝達経路が活性化され,変異細胞は上皮細胞層の頂端(管腔)側へ弾き出されるように逸脱していく。また,正常上皮細胞とある種の変異細胞は生存を争い,変異細胞がアポトーシスによって細胞層から除外されていく。重要なことに,変異細胞のみを単独で培養したときには上皮細胞層からの逸脱やアポトーシスは起こらなかった。これは,周囲の正常細胞の存在が変異細胞のシグナル伝達や動態に大きな影響を与えうることを示している。同様の現象はゼブラフィッシュやマウスのin vivoモデルシステムでも観察された。この総説では,この新たながん研究分野を紹介し,これらの研究がどのように新規のがん予防・治療につながっていくか論説する。
われわれの体内において,各々の細胞は隣接する細胞や環境から様々な情報を受け取り,それに対して適切に反応していくことにより,調和のとれた“細胞社会”を形成している。しかし,がんの初期段階でそれらの一つの細胞のがん遺伝子やがん抑制遺伝子に変異が起こると,変異細胞は隣接した正常細胞と異なる形質を獲得し,“細胞社会”の規律正しい増殖・分化の和を乱し始めると考えられる。しかし,実際に新たに生じた変異細胞と周囲の正常細胞の間で何が起こるかについては現在のところ殆どわかっていない。正常細胞は隣接する細胞に起こった変化を認識することができるのだろうか。また,それに対応して何かアクションを起こすのだろうか。一方,変異細胞は周囲の正常細胞に何か悪さを始めるのだろうか。
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