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筆者らは,約20年間にわたって計算論的神経科学の研究を続けてきた。特に最近10年間は,定量的な理論に基づいて,実験に関する予測を行い,それに基づいてサルのニューロン活動やヒト非侵襲脳活動データを計測して理論的に解析し,得られたデータに基づいて様々な理論を反証,支持,証明するなどの研究アプローチを取ってきた。理論と実験が行き来しながら,螺旋状に進歩する研究のスタイルがようやく確立してきた。サルなどの高次脳機能研究で,定量的な理論やモデルと全く無関係にシステムレベルの研究をすること自体が珍しくなってきた。このような状況で,編集主幹の伊藤正男先生の「現在開発が進められている,あるいはまだ手付かずだが近い将来に威力を発揮すると思われる脳科学の先端技術に焦点を当て,その実現の可能性を探りたい」とのご指示に従い,本稿では,計算論の立場から,理論と実験をより強力に結びつける先端実験技術に関する夢をまとめる。紹介する技術開発はその緒に就いたばかりで,革命的に有効なのか否か,十分な議論さえなされていない。実験データの蓄積は急激に進むが,理論化,体系化は大変難しかった脳研究を変革する可能性を秘めている技術であることさえ感じ取っていただければ,目的は十分に達したといえる。
脳が本当に理解できたといえるのは何がわかったときなのだろうか。脳の働きを科学的・客観的に調べることには,物理学,化学,分子生物学などにはない特別の難しさがあると感じるのは筆者だけではないだろう。脳神経の研究でも,分子を発見し,ある現象が生じる場所や時間などをつきとめる類の研究は,分子生物学,生化学,生物物理学などの確立した研究手法により長足の進歩を遂げている。しかしこのようなアプローチだけでは,たとえ細胞生物学に限定してみても,生命現象を本当に理解することはできない。生命現象の機能全体を,試験管の中か計算機の中かは問わずに,再構成する必要があると感じる研究者が増えてきた。第3期科学技術基本計画における総合科学技術会議が答申した生命科学の重点研究項目に生命現象の再構成が選ばれるのも,時代の必然だろう。物理学の生物学への進出として始まった分子生物学が,悉無的な事実(おもに物質)の蓄積を主とする学問から,理論と実験が相互作用する新しい姿に脱皮しようとしているのかもしれない。ヒトゲノム計画などに代表される,分解,分析,要素,還元論的な研究が成熟し,データが十分蓄積されれば,再構成,統合,全体,演繹的な研究が主になるのは当然である。新しい分子を発見すればそれだけでよしとする時代は終わり,生命現象の神秘を再現可能なメカニズムとして解き明かす新世紀が始まったともいえる。
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