連載 中動態の世界・1【新連載】
「する」でも「される」でもない世界
國分 功一郎
1
1高崎経済大学
pp.81-89
発行日 2014年1月15日
Published Date 2014/1/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1689101267
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[要旨]
◎私たちは能動態/受動態という二分法で切り分けられた文法世界に生きている。しかし、しばしばそこからはみ出る事態に遭遇する。たとえば「反省」はするのか、させられるのか、それとも現れるのか。
◎なぜ私たちは能動態と受動態という区別を捨てられないのか。両者を分かつのは「意志」という観念である。それは幻想である。だが、社会はそれを捨てられない。
◎そもそも、能動態/受動態という区別は少しも普遍的ではない。インド=ヨーロッパ言語でも、もともとあったのは能動態/中動態という区別だった。では、その中動態はどこへ行ったのか。
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