書論 中井久夫コレクション 世に棲む患者
「働く患者」と「幻聴妄想かるた」と逆転満塁ホームラン
新澤 克憲
1
1ハーモニー(就労継続支援B型事業所)
pp.67-72
発行日 2011年9月15日
Published Date 2011/9/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1689100918
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“労働”という強迫
今年出版された、中井久夫コレクション(全4巻、ちくま学芸文庫)の第1巻『世に棲む患者』には、懐かしい2つの論文が収められている。16年前に今の仕事を始めたときに、この世界では先輩に当たる人から紹介してもらったのが、ここに掲載されている論文のうちの1本「働く患者──リハビリテーションモデルの周辺」だった。日々の仕事に追われて、ゆっくり立ち止まって考える時間がなかったにもかかわらず、時を忘れて読みふけった。新鮮な驚きと気づきがあったことを思い出す。すぐに、当時「世に棲む患者」が収載されていた『分裂病の精神病理』を借りてきて、何度も読んだ。
今読み返しても、著者の分析の明晰さに驚かされる。「働くこと」を、それとは本来関係のない「治癒したこと」と結び付けた末に、「働けば治ったことになる」という論理の転倒がいかに簡単に起きてしまうのか。そして、本来ならば治療優先であるべき患者の権利が、「経済的に考えればそのような悠長なことは言っていられない」とか「人生はもっと厳しいものだ」という言葉で揺らいでしまう背景に、「働かざるもの食うべからず」をはじめとする、労働を健康より優先させ上位に置くイデオロギーの存在を指摘する。
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