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はじめに
平成15年7月10日に「心神喪失等の状態で重大な犯罪行為を行った者の医療及び観察に関する法律」(医療観察法)が成立し,2年以内に施行されることになった。平成17年の春頃にはスタートすることが予想されるが,現時点でもまだ指定医療機関の全容が明らかではなく,実際にはまだ紆余曲折すると考えられるいま,あるべき司法精神医学の臨床について問題を提起することは無駄ではない。
近年,わが国で触法精神障害者の処遇をめぐって精神医療界を二分して論争があったが,これを大きく分けると,刑法改正・保安処分新設で進められた時代(1970年代),処遇困難病棟設置に向けた時代(1990年代),そして今回2000年代の医療観察法の成立をめぐる時代である。その間,精神医療は表面上は大きな変革を遂げたといえる。しかし,保安処分の反対運動が興隆を極めていた時代ですら精神病床は26万床だったのが,現在は35万床に膨れあがり,やっと減じる方向に転じている。
医療改革が進み,精神医療においても強制入院を最小限度にすること,病棟の開放化,地域医療,ノーマライゼーションが当たり前のこととして受け入れられる時代に到達しているかにみえて,実際はまだ収容主義が厳然として残っていることを認めざるを得ない。その理由の1つが精神医療のもつ保安的な役割だと述べれば,異論が多いところである。しかし,措置入院や医療保護入院など強制的な入院を認めている背景には,自傷他害概念が存在するし,難治疾患にしかない通院公費負担制度も,医療の継続を確保して再発を防ぎ,精神障害が原因の事件を防ぐことが目的とする考えも成り立つだろう。
一方,Gunnの報告する英国★1や,Mullenが報告したオーストラリア★2では,この20年間に脱収容化で地域医療が進み,病床を減じたが,精神障害者の起こす犯罪は増加していない。ノーマライゼーションの動きに連動して司法精神医学の実践がされてきており,いわばその成果であるとも考えられる。
今回の医療観察法案が成立した背景に,池田小学校事件があることは否定できない。先の精神保健福祉法の改正において,5年後の見直しに触法精神障害者への対応を検討することが盛り込まれていたが,実はわが国が他の国に比べて,触法精神障害者による犯罪をコントロールしていないことを示すデータはない。そうしたなかで,触法精神障害者への施策を進めることに積極的だったのは日本精神科病院協会のみで,他の精神医学関連団体や学会は時期尚早や根拠の不備により消極的ないし反対であった。
現在までわが国の精神医療は,35万床(人口万単位26床)あるなかで十分には分化せず,触法精神障害者も多くは一般精神病院でケアを受け,また人格障害者の多くは刑務所で処遇を受ける体制により安定していた。
しかし,この法案によって司法精神医療のパンドラの箱が開かれ,この分野の専門医療やケアが始まるのである。すでに,平成15年予算では司法精神医療の開始準備のために精神医療の他の予算が削られて,グループホームなどの認可が滞るなど,余波が報じられている。精神医療は触法にかかることばかりではないので,予算の配分をめぐって,安上がりの司法病棟を作り運営しようとする声も挙がることは必至で,「高度の医療やシステムで行なう」という国会答弁が空文化する可能性もあり,危機感を抱かざるを得ない。そうならないためにも,この機会にあるべき司法精神医学臨床の姿を論議すべきであると考える。
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