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ある看護師のため息
“陰の主任”がいる。患者の味方になりすまし、その陰に身を潜め、上司に文句をつけるずるい奴。早く気づかないと、次に攻撃されるのは自分かも……
だらだらした気分で、おもちゃの部品を組み立てるつまらない作業。これを作業療法と称して、平日の午後をつぶすのが閉鎖病棟の習いだった。白衣の職員も欠伸しながら、休み休みの仕事ぶりだ。そのうち手のほうはお留守になって、患者との雑談になる。「おやつの注文、もっと増やしてくれへんか」と頼む患者に、「あかん、あかん」と、にべもない返事をするぼく。やさしいと評判のナースは「私は、いいと思うけど。主任さんがどういうかなあ、無理かなあ。私はいいと思うけど……」と答えている。そのうち、主任が作業場に姿を現した。さっきまでくつろいだ様子で患者と話していたやさしいナースは、急に作業の手を早め、無駄話をしなくなる。その変化は、近くにいる患者たちにも伝染して空気が妙に固くなる。軽く冗談を言って、患者を笑わせようとする主任は空振りしてしまう。主任がいなくなると、「ほっとするなあ」と小さくつぶやくそのナース。隣の患者と目を合わせ、にっこり笑う。こうして、主任は病棟から浮き上がっていく。
主任が患者から嫌われる理由のひとつに、週に一度のおやつ配給がある。長い列を作って自分の注文品を受け取る患者たち。渡された品に不足はないか点検する姿は、真剣そのものだ。山のように積み上げられた菓子パンや缶コーヒー、ちり紙に歯磨き粉など。手際よくというより、少し乱暴なぐらいのスピードで、次々と患者が広げた袋に品物を放り込む看護者。ふつうなら、買い物をすれば店員が愛想笑いのひとつでもくれるものを、精神病院では恵みものでも受け取るように卑屈に笑っているのは、お客である患者だ。「ちょっと買い過ぎやな、次は減らすぞ」と、注文用紙にチェックを入れながら、主任が患者に注意する。これが、一番嫌われるせりふなのだ
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