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本人は全然困っていない
新阿武山病院は、地域では「アルコール依存症治療を行なっている病院」として知られています。
当院では、家族の相談はソーシャル・ワーカーが受けることが多いのですが、「夫のお酒の飲み方がひどいので、専門の治療を受けさせようと思うのですが、本人がどうしても行きたがりません。無理にでも引っ張っていく方法はありませんか?」といった相談の電話が多いのです。行きたがらない人を無理やり精神科の病院に引っ張っていく方法は私もわからないのですが、ここからが勝負です。
アルコール依存症の場合は不思議なことに、家族が焦れば焦るほど、ご本人は治療を受けようとしません。焦って何とかしようとする人がそばにいれば、自分はそのまま飲んでいてもどうにかなる。自分の問題を「家族の担当」にすり替えてしまうのです。「飲んでいるご主人は困っておられますか?」と聞くと、「それが全然困ったふうには見えないんです」となりますから、「では今一番困っているのはどなたですか?」と尋ねますと、ほとんどが電話してきている妻かお母さんだと答えます。
「どんなふうに困っておられるのか教えてください」と言うと、堰を切ったように次から次へと出てきます。それを聞いているうちに、なかにはご本人の状態が危ないと感じる場合もあります。これは経験からくるカンですが、そんなときは「ご主人は食事はどのくらいの期間とっていませんか?」「お酒の量は?」「失禁はしていませんか?」「最近、医療機関で検査を受けたことはありますか? 結果はご存知ですか?」などを聞きます。
医療の現場で働いている私にとって命は一番大切です。いつ何が起こってもおかしくない状況だと感じたら、救急車を呼ぶ場合はどうするかなどの段取りを相談しておきます。一般の病気の方なら119番を回せば簡単に救急車を呼ぶことができ、病院も簡単に受け入れてくれるのですが、飲んでいるアルコール依存症の方はたとえ身体的にかなりの重症でも受け入れてくれる一般病院がないことがよくあるからです。そうした安全策をとってこそ、家族も落ち着いて構えることができるのです。
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