連載 介護することば 介護するからだ 細馬先生の観察日記・第49回
注意のナビゲーション
細馬 宏通
1
1滋賀県立大学人間文化学部
pp.686-687
発行日 2015年8月15日
Published Date 2015/8/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1688200260
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言葉に伴って起こった動作が、言葉が終わったあとも継続する。たとえば、差し出された手が、言葉が終わったあとも引っ込められずに、差し出された位置を保ったり、さらに前に差し出されたりする。このような、言葉の終了後に延長される動作のことを、前回(2015年7月号、p. 590)「延長ジェスチャー」と呼んだ。
延長ジェスチャーは、介護職員どうしだけでなく、利用者どうしでもよく観察される。オオカワさんは、延長ジェスチャーをよく使う1人だ。オオカワさんの典型的な動作は、何かを差し出したり、あるいは何かを取ろうとするときに、「ほれ」と言いながら手を伸ばすこと。たとえば、レクリエーションの時間、大きなダイニングテーブルの上で小さなボールを跳ね返し合う「バレーボール」(と、職員は呼んでいる)をやっているときがそうだ。のんびり屋のイトウさんが、受け取ったボールを手元に置いたまましばらくぼうっとしていると、オオカワさんがイトウさんのほうに手を伸ばしながら「ほれ!」と言う。イトウさんが、声に気づいてオオカワさんのほうを不思議そうに見ると、オオカワさんはちょっと微笑んで(このときの微笑みが、オオカワさんを忘れがたい人にしている)、伸ばした自分の両手を見て、ひらひらさせる。イトウさんは、オオカワさんが手を見るのに導かれるようにオオカワさんの手に視線を移して、そこに向けてちょんとボールを突く。イトウさんはこのバレーボールがどんなルールで行なわれているのか、はっきりわかっているわけではないようなのだが、オオカワさんのほうに向けて、つい、ボールを突いてしまう。
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