特別記事
「平穏死」の本当の意味―「老衰」への医療のあり方を考える
石飛 幸三
1
1世田谷区立特別養護老人ホーム「芦花ホーム」
pp.317-321
発行日 2014年4月15日
Published Date 2014/4/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1688102770
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今われわれ日本人には、人生の最期の迎え方を、これまでになく考えなければならない時代が来ています。かつて、戦下の日本では、人々は自分の最期を選べませんでした。しかし、今は平和で兵役もなく、物質的にも豊かで世界一の長寿社会になりました。自分の最期の迎え方をも選べる時代になったはずなのに、科学が進歩し次々と“延命治療法”が開発されるなかで、どう最期を迎えればよいかわからなくなっています。
私は、そのことへの危惧から、2010年に『「平穏死」のすすめ―口から食べられなくなったらどうしますか』(講談社)という本を書きました*1。すると、予期せずたちまち5万部が売れ、またたく間に「平穏死」という言葉が世間に広まっていくことになりました。しかし、言葉だけが一人歩きをするうちに、この言葉を黒田和夫弁護士(横浜ランドマーク法律事務所)とつくった*2私たちの真意を離れて、誤解されるようにもなってきました。そこで、改めて「平穏死」の本当の意味を、ここで明確にしておきたいと思います。
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