連載 精神科医の家族論・1【新連載】
負のカードを正に変える家族の力
服部 祥子
pp.320-324
発行日 2009年4月15日
Published Date 2009/4/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1688101309
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はじめに
家族とは不思議なものである。思うだけで懐かしく心和むこともあるし,共にいて息苦しさや疎ましさを感じる時もある。血縁と姻縁という深い縁によってつながる家族ほど,哀しいまでの矛盾と葛藤を内包した人間関係は他にないと言えるのではなかろうか。
精神科医として患者さんに出会うたび,私は一人の人間はその人一人きりではなく,必ず家族を見えない空気のように着ていることを感じてきた。もちろんそれが濃密で重い場合もあれば,軽やかで淡白なケースもある。その衣服がごく平凡素朴で健康な場合はほっとしてさほど深く探求しないが,家族とのつながり,まつわり,からみ,もつれ等が執拗にその人をしめつけているような時には,私はじっくり腰を据え,当事者本人と家族の描き出す図柄に目を凝らす。それは重い作業であり,診断や治療に精神科医としての力量を一層求められる厄介さがないわけではないが,ある種の魅力があり,目をそらせられない。人間という生きものの内奥を覗き込み,その壮絶さに目を奪われる時の息苦しい緊迫感とともに,決して不快ではない,むしろ当事者その人や家族への感慨や敬意さえ生まれてくることを何度も経験したからである。
訪問看護や介護の現場で出会う人々の中にも,長い人生の途上でさまざまな家族関係を深く経験してきたケースがあるにちがいない。本連載では,診察室や相談室で私が出会った人々とその家族の関係を精神医学上の学説や知見を交えつつ考えてみたい。また偉大な先人たち,ことに濃厚な家族関係の中で,危機があったとしてもそれをのり越えて豊饒の人生を獲得した人々をとりあげ,家族というもののもつ不思議な魅力にも迫ってみようと思う。
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