教養講座 小説の話・15
代表作のない3人の作家
原 誠
pp.146-149
発行日 1957年10月15日
Published Date 1957/10/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1661910455
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代表作のない作家—というのは,ずいぶん失礼ないい方です。少ととも小説家といわれる人には,誰でも代表作と呼ぶものがあるはずです。それがないとなると,作家として大したものではないということになつてしまうかもしれません。
が,室生犀星,広津和郞,宇野浩二などという人たちに,果してどんな代表作があるでしようか?この3人の作家のそれぞれの代表作はこれだ,と,すぐさま挙げることはむずかしいようです。それでも室生犀星だつたら,初期の「性に眼覚める頃」,中期の「あにいもうと」が代表作,広津和郞だつたら初期の「神経病時代」,中期の「風雨強かるべし」が代表作,宇野浩二は初期の「藏の中」「子を貸し屋」,中期の「枯野の夢」あるいは終職後の「思ひ草」などが代表作だといえたいこともないでしよう。しかし,どうもピンときません。二葉亭四迷といえば「浮雲」,樋口一葉といえば「たけくらべ」とすぐピンときたのですが……。いや,そんなに古い時代の作家をひきあいにだすまでもないでしよう。ほとんど同時代の小説家でも,志賀直哉といえば「暗夜行路」,武者小路実篤といえば「その妹」「或る男」,芥川龍之介といえば「羅生門」「大導寺信輔の半生」,有島武郞といえば「或る女」,佐藤春夫といえば「田園の憂鬱」と,すぐさま挙げることができたのでず。
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