連載 amans惠道通信・24【最終回】
さようなら
飯島 惠道
1
1東昌寺
pp.974-975
発行日 2002年12月10日
Published Date 2002/12/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1686901568
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●ナースとして,僧侶として
私が兼任で副住職を務める神宮寺に一本の電話が入った。「搬送には一時間半ほどかかりますが,それでもよろしければ,私の寺でお引き受けすることは可能ですが…」。住職の奥様が電話口でそう答えていた。電話で話していた相手は,以前私が勤めていたPCUの婦長だった。「PCUに入院中のKさんのご主人が,『Kさんが他界されたあと,神宮寺で供養してもらいたい』と希望されている」というような内容の電話だったらしい。
Kさんのご主人は,その病院の前院長の本を読み,神宮寺の存在を知ったという。今までは,なんらかの形で住職とお付き合いがあり,そのご縁で「寺の檀家ではないけれども,寺で供養してもらいたい」というリクエストは何件かあったが,全くお付き合いのない方からの申し入れは,私の知る範囲でははじめての出来事であった。そのため,少なからずためらったのち,奥様はこのお話を受けた。電話が入ったときには,いつ呼吸停止してもおかしくないような状態だったという。翌日の早朝,夜勤のナースから「先ほど呼吸停止されました。これから準備をして,○時頃病院を出発する予定です」という電話が入った。
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