連載 ニューヨーク人間模様・7
「国勢調査」が,やって来た
大竹 秀子
pp.594-595
発行日 2000年7月10日
Published Date 2000/7/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1686901246
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ある日,ベルがしつこく鳴るからドアを開け,踊り場から下をのぞいてみると,「国勢調査」が息をきらせて階段をのぼってきており,目的地をしっかと目指した強い目線に,こちらの視線がむんずとつかまれてしまった。「しまった」と思ったが,あとの祭り。その時,当方の顔を鏡に映せば「シマッタ!」という言葉の広告塔のように見えたに違いない。だからこそ,「国勢調査」はにこやかに,だが,断固として調査への協力を「いま,ここ」で求めてきた。私としては,協力するにやぶさかではなかったのだ。だが,問題は扉の後ろにあった。「国勢調査嫌い」が,その時,我が家の扉の後ろにひかえていたのである。
ひかえていたのは,外出前のつれあいだった。つれあいは,アメリカ生まれのアメリカ市民ではあるが,人種的にマイノリティだということもあって,政府とねじくれた関係を結んでいる。政府筋を深く疑っているのだ。だから,「奴らに,自分のことなど教えてやるものか」と日頃から固く決意している。当然ながら,「国勢調査」も忌み嫌っており,「来ても,黙秘しろよ」的お達しを,同居人である私に言い渡していたのである。ついでに言うなら,このように政府に対して疑心暗鬼の固まりなのに,どこかで「正義は常に勝つ」「コミュニストは悪魔だ」と深く信じ込んでいるところが,'50年代のアメリカで子供時代を過ごしたこの人の特徴だ。
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