連載 おとなが読む絵本——ケアする人,ケアされる人のために・153
記憶に鮮烈に刻まれるもの
柳田 邦男
pp.392-393
発行日 2019年4月10日
Published Date 2019/4/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1686201272
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絵本のなかには,物語も情景も額縁のなかに封じこめられた灰色の遠い昔の幻想的な出来事のように感じられる作品がある。ところが,その幻想的な気配に思わず引きこまれて,読み進んでしまうことがある。そして,いよいよ大詰めになったところで,稲妻が走るように鋭い言葉が登場したり,劇的な場面転換があったりすると,突然,物語が額のなかから飛び出してきて,今の時代の出来事であるかのような,あるいは自分もそのなかにいる1人であるかのような思いになることが少なくない。そういう転換は,リアリティに満ちているので,思わずハッとなる。
戦後日本の児童文学の分野で代表的な作家の1人である今江祥智氏の作品のなかで,『あのこ』は,格段に優れた作品と言えるだろう。その短編が宇野亞喜良氏の絵によって,絵本に仕上げられ刊行されたのは,1966年のこと。今江氏は,その絵本を手にしたとき,「筆を折ろうかと思ってしまった」という。その理由について,自伝的エッセイ集『子どもの本の海を泳いで』(BL出版)のなかで,「この先,どう気張ってみても,これ以上の作品は書けそうにもない」からだったと書いている。
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