連載 おとなが読む絵本――ケアする人,ケアされる人のために・61
つなぐ心,つながる命
柳田 邦男
pp.86-87
発行日 2011年1月10日
Published Date 2011/1/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1686101940
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若き乙女が一糸纏わぬ姿で立っている。やや半身に構え,曲げた右腕にそっと左手を添えている。横を向いた顔の表情は固い。何かに耐えて,必死にこらえている表情だ。
愛しい恋人のすべてを自分の胸に,しっかりと刻んでおこうと,カンバスに油絵の筆を走らせるひとりの画学生がいた。家の外には,日の丸の小旗をかざして,出征する画学生が出てくるのを,いまかいまかと待っている。戦争の時代だ。あと10分,あと5分,恋人の偽りのない美しさを描きとどめておかなければ……。生きて帰れないだろう。1分,1分が惜しい。だが,両手で掬い上げた水が指の間から落ちいくように,時間は失われていく。
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