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はじめに
今では,長期ケア施設で生活する認知症高齢者の割合は9割に達しているという。したがって,長期ケア施設にとって,認知症高齢者のQOLを高めることこそ究極の目的であるといっても過言ではない。そして,それを実現しようと懸命に取り組んでいる施設・事業所は社会的に高い評価を受けることになる。
ところが,今からほんの10年ほど前の日本では,認知症になると,その人はすべてのことができなくなり,何もわからなくなると捉えられていた。したがって,認知症高齢者のケアと言えば,生理的欲求を満たしたり,安全を確保したりすることが主として行なわれ,認知症高齢者との関わりにおいては,だます,ごまかす,自分でできることでもさせない,子ども扱いするなどのほかに,言動すら阻止するといった対応も行なわれてきた。倫理的な視点に立つまでもなく,不適切なケアであることは明らかであるが,当時は,それが一般的であった。
それが今日では,認知症ケアの進歩によって,そのような理解と対応は全くの誤りであることが明らかになってきた。なぜなら,認知症になって,表1に示した中核症状によって日常生活のなかで多くの困難に直面しながらも,本人なりに主体的に困難を克服しようとしていることがわかってきたからである。例えば,記憶障害によって,同じことを何回も繰り返し話す認知症高齢者は,繰り返す話のなかに本人にとって気になっていることや大切な思いを込めているのである。しかしそれを確かに伝えたにもかかわらず,その体験自体を忘れてしまっているため,まだ伝えていない,伝えなければならないという思いがそうさせるのだと理解されるようになってきたのである。
しかも,暴言,暴力,大声,昼夜逆転,帰宅欲求などの認知症の行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;以下,BPSD)も脳の器質的変化のみによって生じるのではなく,認知症高齢者の心理状態や環境,健康状態によって引き起こされる場合が多いことが明らかになった。現在では,一人の人間としてよりよい状態でいられるため,認知症高齢者が発する言葉や表情,しぐさ,行動の意味と周囲の環境との関連性を読み取ることで,認知症高齢者のニーズを把握し,解釈していくことの重要性が強調されている。これが認知症高齢者中心のケア実践の要諦である。
そして,そのような思考をケアスタッフに定着・促進させるためにも,認知症高齢者がなぜそのような言動をするのか,個々の認知症高齢者の立場に立って考えるケアスタッフの人材育成が必須である。しかも,ケアスタッフ個人が適切な知識,技術を習得できるだけにとどまるのではなく,育成された人材自身が主体的に施設の業務改善や質の向上を実現させるサイクルを回し続けるものでなければならない。
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