連載 医学のエコーグラフィー・1【新連載】
「帝王切開」
橋本 一径
pp.362-363
発行日 2009年5月10日
Published Date 2009/5/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1686101462
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幕藩体制の崩壊から明治維新へと向かい始めた19世紀末,日本が大きな変革の渦に巻き込まれつつあったことは,あらためて指摘するまでもあるまい。これまで断片的にしか開かれていなかった西洋という知の地平に,突如としてさらけ出された日本の知識人たちは,大量に輸入される書物を通じて,あるいは「お雇い外国人」たちを介して,さらには直接欧米に赴くことによって,その知を自家薬籠中のものとし,日本の地に根付かせるために,計り知れない努力を強いられることになった。
だが彼ら知識人が必死に格闘した西洋の知は,当時すでに完成した不動の殿堂として,日本からの客人をその深い懐に迎え入れたわけでは必ずしもない。なぜなら西洋の知もまた,大きな変化の途上にあったからである。しかしながらその変化は,日本のように大きな政変を伴うものではなかったため――もちろん例えばフランスでは,第二帝政の崩壊から1870年の第三共和政の成立,そして翌年のパリ・コミューンと,決して小さいとは言えない変動が続いていたのではあるが――,手の平をかえすような動きが面前であからさまに繰り広げられるものではなかった。それは第2次産業革命の進展によって労働形態が変化し,あるいは世俗化が教育や法制度に定着していくなかで,昨日までと同じ名で呼ばれる技術や概念が,いつの間にか別の何かに姿を変えているというような,つかみどころのない変化であった。
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