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即答できなかった問い
人間性を育むにはどうしたらよいのか
私は7,8年前から,看護教育において,科学的な知識に基づく専門的知識・技術の教育には人間性を示す態度も車の両輪のように必要であることをあえて主張していくことが必要と考えている。Gastmans(1999)は,「看護実践は,専門的理論的な能力(技術)と道徳的態度(moral attitude)の統合されたもの」であるとし,「看護実践はそれができたかできなかっただけで評価すべきではない」としている。このような道徳的態度は,看護の対象となる人々を同じ人間として尊重する態度であり,誠実性,共感,思いやり,人間性,利他性,責任が含まれる。まさしく,科学的知識に基づく専門的知識・技術(サイエンス)と人間性を示す技(アート)である。この両者が統合された実践が「専門職としての実践のありかた」としてのプロフェッショナリズムに発展し,看護という職業と自己の一体意識としてのアイデンティティに関連すると考えている。
看護教育においては,新しい知識が日々更新され,過密なカリキュラムにおいては,専門的知識・技術の修得が優先される。「忙しすぎる」という理由から,思いやりのあるケアができない現実がある。私は,人間性を示す態度を育む基礎・現任教育の重要性について,研修会等の機会で都度,伝えるようにしている。ある保健師の研修会での出来事である。受講者からこう質問された。「私も人間性を育むような態度教育が必要と思います。そのためにはどのような教育や研修があるでしょうか?」—私は即答できなかった。事例検討の積み重ねが態度教育に効果的であるとの文献があったのでそのことを伝えたが,私自身確信がもてなかったし,質問者は私の回答に満足しているようにも思えなかった。しばらく考えた末(数分考えたように思うが実際には数十秒だったかもしれない),私の頭に浮かんだのは,生命倫理・看護倫理学の教員と一緒に,大学院生の看護倫理の授業で行っているナラティヴ・アプローチを用いた事例検討だった。学生たちは,自分たちの「割り切れない」「これでよかったのか」「違和感がある」—そういった感情があった一場面を想起し,自分を第一人称としてナラティヴを記述する(鶴若,麻原,2013)。それをグループで検討するものである。そこで学生たちが,自身の思考傾向や潜在意識に気づき,倫理的感受性を高め,他者の視点からどのように見えるかが明らかになるなどの効果を得ている(Tsuruwaka & Asahara, 2018)。私は咄嗟に,このナラティヴワークの概要を質問者に伝えた。
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