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木下康仁先生に初めてお会いしたのは,15年ほど前のことで,立教大学で開催された研究会に参加したときであった。当時筆者は病気のため退職し,DIPEx(Database of Individual Patient Experiences)-Japanという病いの語りを集めてデータベース化し,だれもが活用できるよう社会資源としてインターネット上で公開するNPO活動に専念している頃であった。研究会に参加したのは,筆者がDIPExでインタビューしたデータの二次分析を行っていた菅野摂子さん(木下先生の立教時代の教え子:現東京科学大学)に誘われたからだった。研究会では,丁寧に分析に対する助言をいただき,当時まだ国内ではほとんど行われていなかった質的データの二次分析については,課題もあるが今後の活用に向けて肯定的なご様子であった。終了後にお会いした際のウェルカムで穏やかな笑顔が,研究の話へ話題が転じると鋭い視線に変わり,今回の分析の独自性となる部分は何か,真剣にコメントしてくださったことを記憶している。
それから,10数年を経て,聖路加国際大学に2022年に再就職した際,先生に再びお会いした。木下先生はリーダーとしてヘルスヒューマニティーズ検討会を引っ張ってくださり,2023年度に新規に立ち上げる科目の準備を進めておられた。ヘルスヒューマニティーズの3科目の1つとしてDIPExの活動を基盤にした「健康と病いの語り概論」が位置づけられ,大学院の科目としてどのように展開するか悩んでいたときに,「DIPExはすでに目的や方法論など確立された土台ができているから」と評価してくださった。10年以上の間,DIPExの成長を見守っていてくださったことが非常に嬉しかった。科目の内容を検討する中で,新たにPerforming Medicineなどの表現型を導入しながら,語りを活用して医療や社会の変革に取り組もうとしていることを大変喜んでくださったことが印象に残っている。Artとの結合でナラティブをベースにしたDIPExがこれまでの枠組みを超えて新たな境地に踏み出そうとしており,これから先がとても楽しみだとおっしゃってくださった。現在,演習に即興劇などを取り入れて,語りを通して感情移入しながら演じる経験の効果を実感している。その成果を,きっとどこかで見守っていてくださると信じている。
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