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気難しいと思われる患者への対応—患者理解に影響を及ぼす自己のかかわり方を振り返って
矢口 祐子
1
1虎の門病院
pp.190-195
発行日 1985年1月15日
Published Date 1985/1/15
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1681200826
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はじめに
われわれは日常,「患者理解」とか「患者の訴えを十分聞く」という言葉をよく使う。しかし,私自身,患者の気持ちを,あるがままに自分のことのように感じるということは,できていなかったように思われる。特に,神経質,気難しい,看護婦を拒否する,など,対応の難しい患者に対しては,患者を避けたいと思いながら,その気持ちを抑制して接しようとするものだった。その結果,対応には緊張感がつきまとい,かかわりは通りいっぺんのものとなり,その患者が退院して,「やっと解放された」という安堵感を繰り返していた。
しかし,それを繰り返していたのでは,自分も苦しく,よりよい人間関係を基盤にした看護はできないと思い,今回,対応の難しいと思われる患者を受け入れ,共感できるようになりたいと取り組んだ。自己のかかわり方が障害となって,なかなか関係が深まらない焦りの中で,こうなってほしいという変化を期待せず,もてる限りの気持ちを集中して患者と向かい合うことによって,共感し合えたと感じられる場面を体験することができた。
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