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はじめに
現象学的研究に固有の方法はあるか。言い換えれば,現象学的研究を行なう際に必ず使わなければならないような方法はあるか。これに対する答えは,方法をどのように定義するかによって異なる。方法を,手順やマニュアルのような狭い意味で捉えるとすれば,現象学的研究に決まった手順はないと答えるべきであろう。しかし,方法という語を「原理を探究する道筋」といった広い意味で捉えるとすれば,確かにあると言える。
広い意味での現象学の方法というのは還元のことである。還元というのは,私たちが普段知らず知らずのうちに行なっている科学的・客観的なものの見方をカッコに入れて,直接的な経験に戻ることであった。この還元を行なった上で私の意識に表われてくる個々の経験の意味を自由に想像して変化させ,そうしたすべての変化に共通する形相(本質)を捉えるのが現象学である。現象学的研究に固有の方法と言えるのはこれですべてである。
ただ,どれほど幅広い道筋だとしても,道から外れる場合がある。言い換えれば,現象学的研究を行なう以上,すべきでないことがある。例えば,3人にインタビューしたところ2人が同じことを述べたので,それは正しいと結論づけることである。また,インタビューした人の年齢や病状などの事実から経験の客観的意味を推測しておき,そこから実存的意味を引き出すという手順である。これらは,客観的─科学的なものの見方をカッコに入れるのではなく,それを前提にしているので,現象学的研究の道筋から外れていると言わざるを得ない。
こうした「踏み外し」を防ぐためには,そもそも現象学が,自然科学にみられる実証的な研究方法への批判から生まれたことを知っておくだけで十分であろう。E. フッサール,は,当時の実証的な研究方法に対する批判から現象学を考え,やがて現象学がすべての学問の基盤になり得ると考えるようになった。実際,その後現象学は,L. ビンスヴァンガーやW. ブランケンブルクらによって精神医学に,A. シュッツらによって社会学に,またC.R. ロジャーズらによって心理学に採用されるようになった。看護の領域に現象学的な研究方法が導入されるようになった理由も,患者の病いの体験など,自然科学の実証的な研究方法では捉えきれないことがらを明らかにするために必要だったからだと考えられる。これらの領域に共通しているのは,実証的な研究方法では捉えきれないことがらをも研究する領域だということである。すなわち,自然科学的な研究方法が対象を分析的(部分的)に明らかにするのに対して,これらの領域では総合的に捉える必要があるからであり,またこれらの領域では,自然科学的な研究方法が求める実験条件のコントロールや追試ができないことが多いからである。
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