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はじめに
近年,心理学用語としてのレジリエンスという概念が我が国においても浸透しつつある。そして心理学分野だけではなく看護学などの他領域においても,徐々に用いられるようになってきている。しかしながら,レジリエンスそのものの定義にはいまだ定まったものがないのが実情であり,研究者等によって微妙に定義が異なっている。
例えば,以下のようなものがあげられる。
「人が逆境に遭遇した際の精神疾患に抵抗し,健康な発達をとげるための防御機能」(Rutter, 1985)
「適応を促すための人格特徴」(Wagnild & Young, 1993)
「環境との相互作用で形成される発達能力」(Hiew, 1998)
などである。
こうした定義を踏まえて,本稿では次のようにレジリエンスを捉えることとする。
「レジリエンスとは,いわば精神的ホメオスタシスとも呼ぶべきものであり,心理的復元力,心理的回復力,心理的立ち直りなどと表現できるものである」。
このように,レジリエンスの定義は「人格特性」や「適応過程」など広範であるが,これを測定する場合は,特性の集まりとして尺度化されているのが一般的である。そして本邦での研究テーマ例としては以下のようなものがあげられる。
すなわち,①「生きる力」について大学生を対象に4因子36項目で尺度化した「Measurement of resilience development : Preliminary results with a state-trait resilience inventory」(Hiew, Mori, Shimizu, Tominaga, 2000),②「否定的出来事から立ち直る力」について大学生を対象に3因子21項目で尺度化した「大学生の精神的回復力」(小塩・中谷・金子・長峰,2002),そして,③「対人葛藤場面への柔軟さと耐性」について園児を対象に2因子19項目で尺度化した「園児の園生活におけるレジリエンス」(高辻,2002)などである。しかし,成人を対象にした全国規模のサンプリングによる標準化の研究は見当たらない。成人用レジリエンス尺度の標準化にあたっては,全国規模での広範囲の年齢層の標本であることと,そして大きな標本数の双方が不可欠であり,研究に大きな困難を伴うことがその理由として考えられる。
尺度の作成に際しては,レジリエンスが精神的ホメオスタシスとも呼ぶべきものであること,またレジリエンスが心理的復元力,心理的回復力,心理的立ち直りなどと考えられるという視点に立って,なんらかのストレス場面に出遭うという前提を考えた。つまりレジリエンスというものが,人が不遇な境遇に際したときに発揮される力であるために,尺度化にあたっては,なんらかのストレス場面の設定が必要であると考えたのである。そして本研究では,成人用の検査ということを踏まえて標準化することを目的とし,ストレス場面の設定は以下の観点で行なった。
ストレス度という点から成人におけるライフイベントを考えた場合,職場適応上のイベント,特に転職や配置転換という一種の喪失体験はストレスが高いといわれている(夏目・村田,1993)。また近年の就労環境を鑑みれば,こうした職場環境の変化によるなんらかの喪失体験は避けられないと思われる。他方,近い将来に就職するであろうと考えられる大学生などにとっては,就職すること自体がストレスイベントの1つであると考えられる。
仕事がいかにストレスと関連があるかを示すために,本稿ではライフイベント法によるストレス度(夏目・村田,1993)を検討する。これは結婚を50点とし,65項目のライフイベントのストレス度を0~100点で評定したもので,就業者1568名の得点を平均した得点である。50点より高いイベントでは「会社の倒産」74点,「会社を変わる」67点,「仕事上のミス」61点,「単身赴任」60点などがあげられ,50点より低いイベントでは「同僚とのトラブル」47点,「顧客との人間関係」44点,「仕事のベース,活動の減少」44点などがあげられる。65項目のうち,およそ半数の27項目は仕事に付随するライフイベントである。したがって成人のレジリエンスとして,職場適応を考えることは十分に意義があると考えた。そこで今回,成人におけるストレス場面として職場ストレス場面を設定したのである。
なお本研究は,竹井機器工業株式会社(新潟県)から,祐宗省三・広島大学名誉教授が委託を受け,その指揮下で成人用レジリエンス尺度の標準化を試みたものである。また本研究は同社の協力を得て行なわれ,その結果が,製品としての『S-H式レジリエンス検査』(祐宗,2007)の作成と,その信頼性・妥当性の検討につながった。本稿では,その過程について記述する。
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