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インシデント事例情報収集の意義と現状
2001年より始まった厚生労働省の医療安全対策ネットワーク整備事業により,全国250余りの施設から医療現場でのインシデント情報が蓄積されるようになった。ここで集積されている情報には,多肢選択式の全般コード化情報と自由記述式情報があり,後者には重要事例情報,および具体的なモノの製品名・規格名まで情報を求める医薬品・医療用具・諸物品等情報の2種類がある。いずれも四半期ごとに集計した結果が,現在の日本医療現場でのインシデント発生状況の指標として公表されている。
こういったインシデント事例情報収集には大きく3つの意義があると思われる。1つは,事故発生要因の抽出,すなわち多くの重大な事故を引き起こす可能性がある要因をピックアップし,早急に対策を講ずるための情報としての利用である。例えば,特定の新薬名が既存の薬品名と間違われやすい,あるいは特定の機器・用具間の組み合わせで問題が生じやすいといった情報が「複数の病院・病棟にわたって」報告されていることが明らかになれば,その問題に関していち早く使用者に注意を促し,また根本的対策を講ずることが可能になる。また,特定の事故が発生したのち,その原因特定の手段として,類似の状況下で同じ問題を原因とするインシデントの発生頻度を傍証として用いる可能性もある。こういった情報収集は,航空業界における事故報告システム(米国のASRS;Aviation Safety Reporting Systemなど)と軌を一にするものである。すなわちこれらの情報蓄積は,広範囲の情報に基づいて,潜在的な事故原因・要因を抽出する可能性に対して大きな意義がある。個別の原因情報を蓄積し検索可能な形態にする,すなわち,収集される情報のデータベース化とその検索機能の構築が有効利用の鍵となるといえよう。特に医薬品・医療用具・諸物品等情報や重要事例情報に期待される機能と考えられる。
第2の意義として,事故予防のための教育的効果がある。報告をする医療機関においては,関係者にインシデント事例の情報収集・報告を求めることから,日々の医療活動のなかで医療事故につながりうる情報を収集し,分析する活動が発生し,医療現場全体での医療安全対策意識が高まること,またよりよい報告をするための知識・視点が獲得される効果も期待される。さらに結果の公表により,医療安全に関わる知識・技能が広く共有され,全体的な知識・情報レベルの向上も期待されよう。これはいずれの情報収集にも関与しているが,特に,専門家による事例報告方法や再発防止のための対策案の立て方へのコメントが付与されることから,重要事例情報収集への期待が高い機能といえよう。個々の医療従事者自身がこれらの活動に実際に参加し,また情報にふれられるようにする点が,効果をあげていくための鍵になると考えられる。
第3に,現時点でのインシデント発生の全体的状況の把握があげられる。これは,いわゆる事故報告とも類似するが,発生数の規模が異なり,またそのなかには,どのようなインシデントが,どの程度事前に発見され,被害が食い止められているのか,その要因となったのは何かといった,インシデント報告独自の情報も期待される。いわば,これまでの事故報告ではみえなかった「氷山の隠れた部分」を少しでも理解し,より大きな全体像の把握が可能になると考えられる。これは,主として全般コード化情報に期待される機能といえよう。
こういったインシデント情報収集の3つの機能は,国レベルあるいは自治体レベルでの情報収集事業のみならず,病院単位もしくは病棟単位といった個別の医療機関ごとのインシデント情報の収集活動にも同様に存在すると考えられる。
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