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看護タスクの「横の糸」分析の難しさと意義
我々は医療現場に独自のタスクモデルの必要性から,「縦の糸・横の糸」モデルを提案している(本号3ページからの「医療事故防止のための看護タスクモデル」参照)。これは,医療現場の特徴は,「多数・多職種の人と多様なシステムが協力をしながら,多数の目標の同時並行的な達成をめざしている」という特性にあることから出発し,その複雑性を記述するための枠組みとしてのモデルであり,シンプルな,しかし類似したタスクが大量に同時並行的に進められていることから,その個々のタスクについて,タスクの発生から終了までの時間的経過を追う「縦の糸」と,ある時点での他のタスクとの関係を記述しようとする「横の糸」の交点に位置づけようというものである。
実際には,タスクの「縦の糸」については,業務の流れを情報伝達のメディア(媒体)の履歴とその処理に関する規定・ルールとして追うことで,個別のタスクであれ,より一般的な状態であれ,比較的容易にタスクを記述することが可能である。それに対し,「横の糸」分析は,実際に看護従事者が何らかの活動をしている様子を記述する枠組みであり,活動の「仕事の場」分析(Suchman,1996)の中心的存在である。このため,その記述対象が1人の医療従事者が行なおうとしている複数のタスクのみならず,他の医療従事者のその時点での類似タスク,当該業務以外の業務(異なる種類のタスク)からの介入,対象患者の状況の変化,同じ空間にいる他の医療従事者の状況など,関与する要因が無限に存在しているといっても過言ではない。いわば状況のなかに埋め込まれた活動(Suchman,1987)をいかに記述するかという問題であり,したがって,特定のタスク(例えば事故)のアドホックな記述にせよ,事前あるいは一般的な記述(例えば現状分析)にせよ,「何をどこまで記述するか」の決定が一意ではなく,目的に依存する。すなわち,何のための記述か,どのような分析を行なおうとしているのかという目的に応じて,どこまでの範囲を記述すべきかを決定しながら行なっていくことが必要になる。
「横の糸」分析の目的が,事故あるいはインシデントについての原因分析のための事後分析の場合は,「なぜ特定の活動が生じたのか」を明らかにするという明確な分析目標があるためまだわかりやすいと思われる。それでは,事故ではない,通常の業務状況の記述を行なう際にはどのような目的を設定すべきであろうか。
1つは,医療事故防止のための安全対策を考える上で,安全に関する諸要因の効果を比較検討するためのツールとして用いる場合が考えられる。研究対象とする要因の効果・影響を比較するための最も基礎的な記述枠組みとして利用する場合に「横の糸」分析をどのように用いることができるであろうか。また特に,「縦の糸」の妥当性検証のための方法としてはどのように分析が可能であろうか。当然のことであるが,シンプルタスクを基盤とする記述は「縦の糸・横の糸」の両者が記述されてはじめて実際のタスクとして機能するため,「縦の糸」のみを分析するのでは真の分析とはならない。病院・病棟で「縦の糸」をどのように組織化・ルール化されているかという問題も,前述の「安全に関する諸要因」の重要な1つであることからも,「縦の糸」が実際にどのように機能するかを記述するためにも「横の糸」分析は必須と考えられる。
そこで本研究では,「横の糸」分析の1つの事例として,類似性の高いシンプルタスクが同時に多くの看護従事者によって並列的に行なわれることが多い注射準備(点滴も含めた混注作業)について取り上げ,報告する。
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