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はじめに
近年,日本のみならず世界各国において医療の安全が人々の注目を集めることとなり,それに呼応する形でさまざまな視点からの医療事故防止対策が試みられるようになった。その1つに,他業種・他領域の視点から医療という現場,あるいは医療安全を捉え直し,そこから新たな医療事故防止対策を考えようという動きがある。
なかでも,最も直接的に「既存の知見を適用する」ことが考えられるのは,いわゆるヒューマンエラー研究あるいは安全工学の研究成果であろう。しかし,これらの領域が対象としてきた代表的な研究領域は,化学工場や原子力発電所などのプラント制御室,あるいは航空機のコックピットであり,いわゆる巨大ヒューマン-マシンシステムと呼ばれる領域である。こういった領域のシステムの特徴は「多数・多業種の人と多様なシステムが一体となって,1つの目的を達成する」ことであり,そのなかで人の要因(Human Factor)がシステム全体の達成に大きな影響を与える点である。1機のスペースシャトルを安全に飛行させるためにどれだけ多くの人・職種が関わっているか,思い浮かべていただけばよいであろう。
こういった特性は,医療の現場のなかでも手術室場面については極めて適合性が高い。しかしそれ以外の医療現場については,「多数・多職種の人と多様なシステムが同時に一体となって」仕事を行なう点では上記システムと類似しているが,そこでの目標が「1つの統合された,統一的な目標の達成」というよりも,多数の目標の同時並行的な達成,すなわち「対象となる個々の患者に対し,安全で有効な医療・看護行為を行なうこと」を目的としている点において,従来のヒューマンエラー研究,安全工学研究の対象諸領域と大きく異なっている。そのため,もちろん既存の研究成果に参考にすべき知見は多々あるものの,そのままの形で医療現場での安全対策として適用していくことは難しい。
医療現場における安全を「人」の要因から考えるためにはまず医療独自の活動モデル,つまり,その現場で行なわれている実際の活動がどのようなものであり,そこで発生するヒューマンエラーや事故はそのなかでどのように位置づけられるかという「記述の枠組み」を確立していくことが必須である。すなわち,事故・エラーという非「通常な事態」を捉えるためには,「通常の事態」を把握する必要があり,そこには上記のような医療の特殊性を明示的に反映することが必要となる。そこで,そういった立場から実際の事故防止対策を考える上で役に立つモデルを考えてみたい。
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