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はじめに
私は南アジアに位置するバングラデシュで,リンパ系フィラリア症の対策を行っています。先進国ではフィラリアは犬が感染する寄生虫として有名ですが,途上国には人間を固有宿主とするフィラリアが広く流行しています。現在,80か国以上で10億人以上に感染リスクがあり,すでに感染している人口は1億2000万人以上と言われています1)。
フィラリアは蚊が媒介する寄生虫で,この成虫は人間のリンパ管に寄生します。感染してから数年後に,主に下肢のリンパ浮腫や陰嚢水腫などの症状が表れます。リンパ浮腫を起こしている部位が炎症を繰り返すと,皮膚が肥厚し象皮病を起こします。これらの症状は死に至る重篤なものではありませんが,途上国の患者の多くは適切な治療を受けることができないためADL(Activity of Daily Living)が低下したままの生活を余儀なくされています。
かつての日本にも奄美,沖縄,南九州を中心にフィラリアは流行していましたが,先人たちの努力により1970(昭和45)年前後には撲滅されました。現在,フィラリアは世界から撲滅できる疾患として,2000(平成12)年よりWHO主導で制圧プログラムが各国で行われています。その目標は「2020年までに,世界から公衆衛生上の問題でなくなるレベルまでフィラリアの数を減らす」ことです。具体的な対策は,流行地域に住む禁忌者を除くすべての住民に対し,年1回抗フィラリア薬を飲ませるMDA(Mass Drug Administration:駆虫薬一斉投与)を行います。これを数年行うことにより,その地域のフィラリア感染者の割合が低下し,蚊による伝播を阻止することができます。
バングラデシュでは64県中34県でフィラリアの流行が確認されており,感染リスクのある人口は7000万人と見積もられています2)。バングラデシュ政府は「2015年までに撲滅する」という目標を掲げ,2001(平成13)年からMDAが開始されました。現在までMDAは最大9回行われており,感染者の割合は徐々に低下しつつあります。しかし,依然として住民のフィラリアに対する意識は低いため内服コンプライアンスが低く,いまだ撲滅の基準を満たしていません。
JICAはバングラデシュのフィラリア対策を支援する目的で,2004(平成16)年より青年海外協力隊を派遣しています。私は2010(平成22)年1月よりバングラデシュ北西部に位置する県の保健所に配属され,現地人スタッフとともに日々の活動を行っています。私の主な活動内容は,MDAの内服率向上のための住民への啓発と,すでに罹患してリンパ浮腫を起こしている患者へのケアです。
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