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はじめに
日本の高度経済成長期を支えたのは,工業・製造業を中心とした企業の躍進でした。しかし,それらの企業が拠点を労働賃金の安い国外へと移管していった結果,この30年ほどの間に,就労環境は激変しました。国内の多くの労働者はいわゆるビジネスマンとなり,「モノ作り」の仕事からオフィスでの「事務労働」が中心の労働体系へと変化しました。情報社会のいま,ビジネスマンの必需品は手帳と筆記用具から携帯電話とパソコンに代わり,さらに「いつでもどこでも仕事ができる=仕事をさせられる」という,何とも世知辛い世の中に変わりつつあります。
こうした変化に伴い,以前は労働環境がもたらす健康被害の多くが事故やケガ,そして,作業環境の悪影響を原因とする疾病でしたが,現在ではその大部分をメンタル障害が占めるようになってきています。こうした現状から,メンタル障害への対策は急務と考えられますが,企業に十分な対応をする余裕があるとはいえません。
2006(平成18)年に厚生労働省は,過残業に対する対策を打ち出しましたが,各企業は法に対するコンプライアンスを達成するのに精一杯という状況のようです。企業が本来考えるべきことは,「残業を減らしながらも業績は維持し,就業環境から発生するさまざまな疾病を予防するには,何をすべきか」ということだと思いますが,現実には,メンタル障害の予防策は十分に検討されておらず,事後処置が中心の対策になっています。
また,「メンタルな障害は,本人だけでなく職場の多くの人間に影響を与える」という点でも,メンタル障害を予防することはとても重要です。対応が上手くいかないと,職場全体への負荷が増えるだけでなく,メンタル障害への偏見が助長されたり,周りの人の労働意欲(志気)の減退をも引き起こします。また,前号で述べたとおり,正しいメンタル障害の知識がないために,メンタル障害であると申告する人に医原性の疾病利得を与えてしまうケースもあるようです。そうした事態を嫌というほど経験している企業も多いと思われますが,精神科に精通した産業医がいる企業はまだまだ少なく,対応に苦慮しているという話をよく耳にします。
今回も前号に引き続き,〈うつ〉の問題を取り上げます。まず,現在の精神科医療を取り巻く事情やあまり知られていないメンタル障害に関する診断書・意見書の問題などを紹介し,さらに,保健師にはどのような対応や姿勢が求められているかをお話しします。
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