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はじめに
臨地実習場面での学生と指導者の耳を疑うようなやりとりから始めよう。
「先生,患者さんの清拭は,寝衣を脱がせて行うのでしょうか」
「えっ?脱がせないでどうやって拭くの?」
「学内演習では着衣の上から拭いたので……」
「……」
つまり,Tシャツを着た上から清拭をする演習だったということである。まさかと思いつつも,新人看護師への講義の機会があった私は,早速20名の新人たちに直接尋ねてみた。何と着衣のままでの清拭演習をした者が数名いて,水着着用者を入れると約半数が,直接肌に触れない清拭実習をしていたのである。さらに,DVDを参照するのみの演習とか,教師によるデモンストレーションは一切行われなかったなどが話された。彼らの卒業母体はそれぞれ異なっているので,これを,ある固有の教員や施設の特殊性のせいにするわけにはいかない。いったい,基礎技術教育はどうなっているのだろう。
一方,臨床現場では熱湯とタオルを用いた清拭が職場から消えようとしている。理由は,感染防止と人件費の節約ということで,不織布のディスポタオルが,今や全国の各病院に普及しつつあるというのだ。しかも,A4サイズの薄いロールタオル2,3本しか使わず,どのような身体清拭ができるのだろうか(写真1,2)。タオルに含まれる水分量もさることながら,添加されている抗菌薬や複数の化学物質が,肌の弱い病人や乳児たちの安全を担保できるのだろうか。私は,新素材の利便性を看護業務に活かすことに反対したり,古くからの慣習に頑なにこだわっているわけではない。ただ,安易にこの流れに身を委せることは,看護の本質から考えて承知するわけにはいかない。
看護師たちが長年続けてきたタオルと熱湯を用いた全身清拭は,入浴できない患者の身体の清潔に有用なばかりか,安楽性を図るうえで看護技術の核と位置づけられ,自然の回復過程を調えるために有用な技術である。このことは,これまでの経験知と科学的検証によって明らかにされてきている。
そこで今回は,看護が看護本来の役割を果たすモデルとなり得る全身清拭の意義,これからの教育や実践における方法について考えてみたい。
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