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泣く権利
「先生,また学生さん泣かせたんですか?頼むから泣かさないでくださいよ。女の子に泣かれるの嫌なんで」。男性の看護スタッフから冗談のような本気のような声が飛んできます。「すみません,泣かしているわけではないんですけど……」などと返しながら,「学生が勝手に泣くんだけどな」ともう一人の自分が溜息をつきます。時には“ナゼ出し”*1への反発が泣きを伴って表面化し,泣かせたと言われても仕方がない事態に陥ったことはありました。しかし,それは全体からみれば少数で,言葉にならない想いが涙になって吐露されるのがほとんどでした。まぁ,いくらそんな事情を述べても,教員と泣いている学生がいれば,直感的に“強い者が弱い者を泣かせている”ように見えてしまう……。こちらに後ろ暗いところがなければ何も恐れる必要はないはずなのですが,何とも調子の悪い話なのです。
そう言えば,私が病棟に顔を見に行くたびに泣く学生がいました。このときは,さすがに周囲の眼が気になったものです。平素は涙を受け容れる私も「泣かないでもらえる?」と,苦し紛れの“泣かず乞い”。すると,泣いているとは思えぬほど冷静な言葉が返ってきました。「いいじゃないですか,泣いたって。先生の顔見ると涙が出るんですから,泣かせてくださいよ」。何と“泣く権利”を主張されてしまったのです。学生という存在はどこまで強いのでしょう。実際,その学生は,泣き場所もわきまえており,実習に支障があったわけでなし……。泣きたいのをこちらの都合で抑え込んだ状態で,落ち着いて学べるのかと言えばそうでもないのです。時と場所が許す限りそれ自体を受けとめる……私は,学生の“泣き”に対して腹を決めたのでした。
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