連載 教育の地平線・19
―「学問であることを第一義にするのでなく現場を大事に。実践からの教えを必要とする学生たちがいるのだから」―教育の思いを抱いた先駆者が導く,マンガ学の新世界へ 竹宮惠子さん
本誌編集室
pp.623-627
発行日 2010年8月25日
Published Date 2010/8/25
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1663101513
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マンガ家から大学教授へ「初就職」の経緯
──『風と木の詩』(1976年)をはじめ,竹宮作品では「教育」と「ケア」とが一貫したテーマに扱われていますね。創作者として名声を博される先生がなぜ大学教員に,そもそも教育学部に進学された理由から教えて下さい。
竹宮 私にとって大学時代は腰掛けでした(笑)。中学生の頃からマンガ家になることが最大の目的で,高校の先生からは「将来の目的がはっきりあるのなら突き進んだってかまわない」と認めてもらっていたのですが,両親に「食えない状態で独立させるわけにいかない」と反対されて。大学は「合格できたら行こうかな…」という程度の志望だったんです。作品の中で「教育」や「ケア」を描こうと考えていたわけではなく,結果としてそうなっただけなんですね。
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