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登場人物
A 大学教師:教育関連学部で社会学を教えている。50歳代,男性。
B 大学生:教育関連学部の4年生。20歳代,男性。
はじめに
A 今回は,『大正時代の身の上相談』という本を取り上げましょう。カタログハウス編で2002年に,ちくま文庫から刊行されています。
B どんな本なんですか?
A 大正時代に読売新聞に掲載された身の上相談のうちから,129例をピックアップして,その相談内容,回答をそのまま全て紹介し,さらに現代の目から見た感想を付け加えたものです。
B おもしろそうですね。身の上相談というのは,人生相談のことですか?
A まったく同じ意味で使われています。まえがきによりますと,読売新聞紙上に身の上相談がはじめて現れたのは,大正3年(1914年)だそうです。
B 今から90年も前ですね。
A この本は,大正3年(1914年)から大正11年(1922年)までの相談が紹介されています。90年前から82年前までということになります。相談の回答者は,この欄を担当している新聞記者の人だそうです。
B どんな感じの本ですか?
A とてもおもしろく読みました。一番強く感じたのは現代との共通点です。もちろん,現代の人間だったらこんな悩みは持たないだろうという事例は,いくつも見られます。社会の進歩が,いくつかの問題を解決済みにしてしまいました。しかし,こういう悩みを持つこと自体不可解だとか,いっていることが意味不明だといった相談はありませんでした。そういう意味では,社会や人間の進化や変化はゆっくりしたものだといえるでしょう。90年という年月が,人間や社会を完全に変えてしまうわけではないのです。
B 新聞の人生相談を社会や人間の分析に使った人はこれまでにもいるのですか?
A 一番有名なのは,社会学者の見田宗介さんが書いた「現代における不幸の諸類型――<日常性>の底にあるもの」という論文でしょう。かなり長い論文ですが,同じ読売新聞の人生相談を題材にして,日本社会を論じたものです注1)。12の事例を図解しながら,現代人の悩みを詳しく論じています。僕が読んだのは大学院生の頃でしたが,分析の鋭さに圧倒されたことをおぼえています。
B その見田さんの論文と今回の本を比較するとどうですか?
A 見田さんの論文は,同時代の人生相談を扱っていますし,人生相談自体に関心があるというより,そうした悩みを生んだ日本社会のあり方に関心の目が向けられています。とてもシリアスな文体の論文です。それに較べるとこの本は,「大正時代には,こんな人生相談があったんだ,おもしろいな」といった気楽な姿勢で書かれています。また,相談と回答を,原文のまま,できるだけたくさん紹介することで,全体像を浮かび上がらせようとしています。分析より紹介が中心なんです。そこが最も違う点でしょう。
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