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はじめに
近頃,健康な住まいというと,HCHO(ホルムアルデヒド)やVOC(揮発性有機化合物)といった主として建材から発生する人体に有害な化学物質汚染とその被害(シックハウス・シンドローム)のみが注目されているきらいがある。
筆者も長年,建築環境工学者として住みやすい健康的な環境づくりのために室内空気汚染対策の研究に従事し,シックハウス問題の啓発にも努力してきた。その甲斐あってか,次第に国民の間にその理解が浸透し,マスコミにも大きく取り上げられるようになったこと自体結構なことだと思っている。
しかし一方で,最近ではあまりに化学物質汚染が注目され過ぎた結果,ハウスメーカーのいわゆる「健康住宅」がそうであるように,「健康な住まい」という概念が,化学物質汚染の危険がない(または少ない)ことだけに矮小化されてしまい,もっと基本的な住居のありように関わる議論が置き去りにされたままであることもまた深刻な「環境問題」であることを,まず提起しておきたい。
筆者がこれまで行ってきた住教育の講義の中で,若い学生たちに「幸せならば家は狭くても良いか否か」と聞くと決まって「良い」と答える。若いカップルが2人に四畳半だけの1部屋で楽しく語らっている姿は微笑ましいが,2人がいつまでも親密であるとは限らない。2人だけの生活でも独立した2部屋は最低必要であるし,子どもができれば,幼児にも独立した寝室は与えたい。異性の兄弟が学齢以上に成長しても,なお一室に就寝させている事例など,欧米では理解できぬことである。また祖父母など高齢者を施設に送り込まざるを得ない,核家族のみの狭い住まいは数多くの悲劇を生んでいる。
先進諸国の多くが,作る論理に基づく建築法(建築基準法など)とともに居住の論理に基づく「住居法」ないし「住宅基本法」と呼ぶべきものを持っているのに対し,わが国にはそれがない。上記のように四畳半一間のみの住居では,WHOの「健康」の定義に見合う生活を送ることは不可能である。換言すれば老若男女,健常者障害者を問わず人間の尊厳に値する,健康で快適な生活を保証する住居が,基本的権利として位置づけられるような認識の土壌と法体系の整備がわが国には絶対必要である。
住まいに関する広義の環境問題が背景にあることをまず念頭に置いていただいたうえで,以下室内空気汚染に関する本論に移ることにする。ただし,本シリーズではすでに(1999年6月)ホルムアルデヒドその他の化学物質汚染については取り上げられているので,本稿ではアレルゲン,微生物を中心とする粒子状室内汚染物質問題とその対策について述べることにする。上記の住まいに関する基本的諸問題については別の機会に譲ることにしたい。
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