連載 保健婦日記・5
心優しい人々—登米保健所の思い出
伊藤 芳子
1
1宮城県大崎保健所
pp.670-671
発行日 1993年8月10日
Published Date 1993/8/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662900740
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私の好きな道
私の通勤コースは、宮城県北部中央付近から東に向かい、国道四号線と東北自動車道を横切り、東北新幹線の高架橋をくぐるとまもなく、渡り鳥の飛来地で有名な伊豆沼に出ます。ここからが私の勤務地だった登米郡になります。ササニシキの産地で、春から夏にかけては緑色の、秋には金色のじゅうたんを見渡す限り敷きつめたような景色になるのです。冬の伊豆沼は、白鳥や雁などの渡り鳥たちでいっぱいになります。何千何万の雁の群れが日の出と共にいっせいに飛び立ち、そして夕焼けで映える沼に帰って来る光景はすばらしく、神々しくさえあります。私はこの道が好きでした。
この道が好きな訳はもう一つあります。私は朝出勤する途中で自転車に乗るSさんを追い越します。クラクションを鳴らすわけではないのに、必ず私の軽自動車を見つけると手を振ってくれます。Sさんは精神障害者で暑い日も少々の雨の日も片道七、八キロの道程を自転車で作業所へ通っていました。長い間の病気と五十歳を過ぎた体力ではつらそうでした。私自身も何かあるとけっこう落ち込んだりするので、そんな時は保健所に向かって車を走らせてはいるものの、気持ちはストップか、むしろ反対方向に走っていきたい気分になります。そんな時、Sさんが汗をふきふき手を振ってくれる姿を見ると、ああ私もがんばろうと思うのです。
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