特集 千葉市の保健婦活動—駐在制をとるに至るまでの経過
私の駐在日記
そろそろ脂がのる頃
鶴岡 静子
1
1千葉市保健指導課・誉田地区駐在
pp.756-757
発行日 1975年12月10日
Published Date 1975/12/10
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1662205666
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千葉市の保健婦駐在の歴史はイコール,私の保健婦生活の足跡とも言える。というのは,私の就職1年目の職場は誉田地区市民センターであり,そのまま現在に至っているからである。
就職試験の面接の際,はっきりと駐在希望といったのかどうか,今でははっきり覚えていないが,学生の頃からのどかな地区で働きたいとは思っていた。それでもやはり,4月1日の辞令にはドキリとした。同期生4人と就職したのであるが,"誉田地区市民センター駐在とする"の一行が皆のに比べプラスされていたからだ。幸いといおうか,その市民センターは我家から国鉄で一駅のところで,通勤には便がよかった。3年前,私は若い22歳であり,電車で一駅の田舎の市民センター勤務というのは,通勤の楽しさとかウキウキした気持とはほど遠いものがあった。
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